PART3
『・・・・それが、この脅迫状という訳ですな』
俺の言葉に、水上女史は黙って頷いた。
『それだけじゃないんです』彼女は俺が入れてやったコーヒーに口をつけてから続けた。
事務所には大量のeメールが送り付けられてくる。
仕事先のテレビ局にも来る。
『私、何とかしてあの
俺は二本目のスティックでカップを掻きまわし、コーヒーを啜ってから、端を齧る。
これはこれで、なかなかおつな味がするものだ。
『いいでしょう。お引き受けします。ちょうどこっちも懐が寂しくなりかかっていた頃だったんでね。
俺はそう言ってファイルケースから契約書を出して彼女の前に置いた。
『これをお読みになって、納得出来たらサインをお願いします』
彼女は書類を二度ばかり真剣な目つきで確認し、取り出したボールペンですぐにサインをして返し、同時に現金の入った封筒を取り出した。
『前金です。ちょうど30万入っています。残りは解決しましたら・・・・』
基本的に俺は着手金は受け取らない主義なのだが、暮れるというものを断るのも悪い。
『・・・・』
俺はそいつをしまうと、
『分かりました。では仕事にかかります』そう言ってソファから立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
”本当に私の事は内密に願いますよ”彼は辺りを見回しながら、声を潜め、くどいようにそう繰り返した。
ここは丸の内、36階建てのオフィスビルの最上階にあるカフェレストラン。時刻は正午を少しばかり回ったところ、窓際の席に向かい合って座ったその男は、茶色い縁の眼鏡の奥から、おどおどした目つきで俺を見ている。
男の名は・・・・いや、本名は止めておこう。
しかし”名無しの権兵衛”では具合が悪いな。
仮に”キムラヒロシ”とでもしておこうか。
彼は今一応このビルの中にあるコンピューターソフト開発会社の社長である。
まだ30を少し回った程度で社長というのも驚きだが、まあ一流大学でコンピューターソフトについて学んだ男だ。今の世の中だったら、さして不思議でもあるまい。
『確かに、僕とタナカサブロウ君とは、高杉静華がまだグループに所属していた頃、同じように追っかけをしていたのは事実です。あの当時僕も彼も、まだ学生でしたからね。彼女の為ならどんな苦労でも平気だって、本気でそう思っていたくらいです』
彼はウェイトレスが置いて行ったレモンスカッシュをストローで啜り、また辺りを見回した。
キムラ氏とヤマダサブロウが最初にあったのは、晴海で行われた彼女のコンサートだった。
二人とも年齢が近かったことや、住んでいる場所も割と近かったことなどで、何となく意気投合し、良く待ち合わせてコンサートや握手会に出かけたりしていた。
『でも、彼女が卒業を発表し、女優としてやっていくことを発表してから、段々と疎遠になりましてね・・・・というより、僕がアイドルというものに、それほど
執着しなくなったのが原因です』
キムラ氏の方は『彼女だってじきに二十歳を越す。いつまでもアイドルって訳にはいかないだろう』と考え、卒業間近のコンサートの帰り、立ち寄った喫茶店でそう言うと、ヤマダサブロウは急に怒り出し、
”彼女は何時までも僕たちのアイドルでいなけりゃいけないんだ!君にはそれが分からないのか?!”そう怒鳴りつけて席を立ち、そこで二人の仲も途切れたという。
その後しばらくの間、まったく音沙汰がなかったが、一年ほど後になってから、彼からメールが届いた。
そこに書かれていたのは、彼女の元に届いた脅迫状とほぼ似たような内容で、彼の妄執みたいなものが感じ取れたという。
『僕はもう彼女はおろか、アイドルというものからすっかり足を洗っていましたし、結婚しようと思っている恋人だっていましたからね。彼の存在が恐ろしくなってしまったんです。だからもう関りを持たれるのは、はっきり言って迷惑なんですよ』
『分かっています』俺はオーダーしたコーヒーには口も付けずに訊ねた。
『別に貴方には迷惑を掛けようなんて思っちゃいません。ただ、ヤマダ氏の連絡先を知っているのはあなた位しかおられないと思ったものですからね。それさえ話して下されば、私は退散しますよ』
キムラ氏は音を立ててレモンスカッシュを飲み干し、まだ疑わし気な目をしながらも、ポケットからアドレス帳を取り出して、頁を繰った。
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