PART2

 手紙の主・・・・妄執に取りつかれたその男は、名前を、

“タナカサブロウ”といった。

(当然、仮名である。はばかりながら俺だって探偵だ。守秘義務ってやつは守らにゃならんからな)

 最初に現れたのは、まだ彼女がアイドルグループのメンバーとしてデビューして間もない頃だった。

 当時彼はまだ18歳、都内の某有名私立高校に通っている、どこにでもいる平凡な高校生だった。

 いや、ごく平凡ではない。

 学業成績は飛びぬけており、東大進学率が常にトップを行っている同校でも、入学以来五番より下がったことがないという優等生で、親や教師に逆らわず、友人からの信頼も厚く、まあ、言ってみれば昔有名な劇画作家が好んで描いたような”優等生”というわけだ。

 そんな彼をつまづかせたのは、他ならぬ高杉静華と、彼女の所属するアイドルグループだった。

 ヤマダ少年は、たまたま友人から誘われて”握手会”とやらに行ったのだが、それまでアイドルだの漫画だのに免疫の無かった彼にとっては正に衝撃だった。

 それ以後、彼は暇を見つけてはコンサートに通いつめ、CDを買い、握手会(参加するにはCDに封入されている”握手券”とやらを手に入れねばならない)にも通った。

 元来頭の良かった彼は、決して成績が落ちることはなく、ほんの少しばかり下がりはしたものの、依然として上位を維持し、三年に進学した時に受けた某予備校が主催した模擬試験でも、東大は無理としても、関東周辺の国公立、或いは有名私立大学ならば、どこを受けてもほぼ80%以上の確率で合格が可能だという結果が出た。

 やがて卒業、ヤマダ少年は都内の某一流私立大学の工学部に進学、そこでも依然として優秀な成績を維持し続けながら、”アイドル支援活動”を続けていた。

 しかし、その頃から彼の行動は常軌を逸したものに変わり始めた。

 握手会に行く。

 そこまでは依然と変わらない。

 しかし高杉静華(”しいか”というニックネームで呼ばれていた)に対して、何度も行列に並び、愛を訴え、プロポーズさえするようになった。

 他のファンと言い合いになり、時にはつかみ合いの喧嘩までするようになり、挙句は何度も会場から追い出され、挙句は出禁(出入り禁止)措置まで喰らった。

 それだけじゃない。

 一週間に最低でも10通のファンレターを送りつける。

 どこで調べたのか、彼女の出演するテレビ局には必ず出没する。

 彼女の側も黙ってはいなかった。

 事務所と相談した上で、被害届を提出し、ヤマダは警察に任意で出頭を命じられ、最初は素直に応じたので、『注意喚起』で済まされたが、それでも彼の行動は止まなかった。

 その間も彼は普通に大学を卒業し、一流家電メーカーに就職するという、ごく普通の生活を送りながら、相変わらず、高杉静華へのストーカー行為を止めなかった。

 そうしてついに警察も”限度を超えている”と判断し、ある時出禁になっているにも

関わらず、握手会に現れた所を、待ち構えていた刑事に職質をかけられ、その時バッグの中に、刃渡り20センチのサバイバルナイフを所持していたこともあり、銃刀法違反で現行犯逮捕された。

 警察での取り調べでは、他にもバッグからは爆竹、手製の拳銃などが見つかり、彼自身も”しいかを脅して拉致し、自分のものにしたかった”と自供したため、容疑を殺人未遂に切り替え、再逮捕されたというのだ。

 当然ながら起訴が成立し、裁判の結果、懲役一年五か月という実刑判決が下り、弁護側は心神喪失を理由に控訴”したものの棄却され、刑が確定し、彼は塀の中に落ちたという訳だ。

 それからしばらくの間は、何事も起こらなかった。

 しかし・・・・高杉静華がグループを卒業し、アイドルから本格的な脱皮を宣言して、米国留学を発表して間もなく、再びあの”恐怖”が蘇ってきたのである。

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