狙われた飛魚

冷門 風之助 

PART1

『よし、オッケー!いい感じだ!』

 カメラマン(写真家というべきか。まあどっちでもいい)の声が、広いプール全体に響き渡る。

 濃紺のサイドに二本、水色の線の入った競泳用のワンピース水着を着た女性は、プールから上がってくると、クリーム色の水泳帽を取り、頭を振ると、水滴が幾筋も、空中に弾けて飛んだ。

 

 ここは都内にある、某有名スイミングクラブのプールだ。

 今日はほぼ一日ここを借り切って、写真集の撮影が行われている。

 俺はプールの隅、全体が見渡せる場所に陣取り、壁に背をもたせかけて、さっきから内部を見回している。

 依頼人は撮影対象の女性・・・・ではなく、彼女が所属している事務所の社長である。

 彼女の名前は高杉静華。

 そう、”あの有名な”高杉静華”だ。

 高校一年の時にデビューをし、某有名アイドルグループに所属、抜群の歌唱力、

 162センチの身長と、年齢に似つかわしくないプロポーションから、グループ内でも抜群の人気を独占し、その後三年間、中心メンバーとして活躍した後、高校卒業と同時に、グループからも”卒業”、そして女優として活動。

 この度彼女は”もっと高みを目指すために”ということで、1年間のアメリカ留学を決意、その前に写真集を作成する運びとなり、今その撮影に入っているという訳だ。

 何でも高杉静華は中学まで水泳の選手だったとかで、今回の写真集も、

”白い飛魚”という、それらしいコンセプトで行こうという事になったらしい。

 しかし、彼女ほどの人気があれば、自然と”望まない試練”だって経験することになる。

 俺が今回雇われたのも、実はその”試練”が発端なのである。


『お願いします。何とか引き受けて貰えないでしょうか』

 俺の事務所にやってきて、ソファに向かい合わせに腰を降ろした彼女は本当に困ったような表情をして、俺に頭を下げた。

 濃紺のパンツスーツに身を包み、栗色のショートカットの髪、如何にも意志の強そうな表情・・・・俺は卓子テーブルに置いた名刺を取り上げ、彼女の顔を交互に見比べる。

”水上事務所、代表:水上弥生。”

 名刺にはそうあった。

 芸能界に疎い俺でも、名前くらいは聞いたことがある。

 ここ最近、幾人かの売れっ子アイドルを輩出し、急激にのして来たやり手の女社長だ。

『・・・・その前にまずこれだけは申し上げておきます。私は非合法だったり、反社勢力と関係があったり、かつ離婚や結婚に関わる依頼は、原則として引き受けません。その点は大丈夫ですか?』

 立ち上がって、コーヒーを淹れ、カップを前に置く。

 当然いつも通り”砂糖とミルクはありません。悪しからず”と、断るのを忘れなかった。

 彼女はカップを取り、一口啜ると、その点は大丈夫だと頷いた。

『なるほど、ではお話を伺いましょう。その上で納得が出来れば引き受けます。それで如何ですか?』

 彼女はカップを置き、傍らに置いたハンドバッグを開けると、中から薄っぺらい写真週刊誌を取り出し、付箋が貼ってあった頁を開ける。

 競泳用のワンピース水着を着た女性がプールの端に座り、カメラに向かって微笑んでいる。

『彼女・・・・ご存じでしょう?高杉静華たかすぎ・しずか、ウチの事務所の看板ですわ。彼女は後1か月後に渡米します。それまでの間、ボディーガードをお願したいんです』

 俺は雑誌を取り上げ、記事を読んだ。

 彼女については既によく知っている。

 問題は彼女ではない。

 頁の片隅にある、別の写真に目が向いた。

 陰気な目をした一人の男が写っている。

『彼女は・・・・その男から長年に渡りストーカー被害に遭っていたんです。男は警察に逮捕され、懲役1年5か月の実刑を喰らい、塀の中に落ちたのだが、刑期を終え、先月出所してきたというのだ。

『それから、これを・・・・』

 水上女史は、雑誌とは別に、あり触れた事務用の封筒を出した。

 宛名は事務所になっており、差出人は書いていない。

 俺は何も言わず、封筒を開け、中身を改める。

 これもどこにでもある、事務用の便箋に、筆跡が分からぬように、わざと崩した文字で三枚びっしりと、何やら書きつけてあった。

 ざっとだが、中身を読んでみると、書いてあったのは、抜けきれない妄執だった。

 

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