第11話
ゲリアは、ユーファの傷を抑えながらも狼狽していた。
少年だと思っていた相手が、実は女の子だったのだ。
女の子だという事実が分かると、その華奢な体格も納得できるものだった。ゲリアは混乱しながらも、ヒューイの警戒心が妙に強かったのもユーファの秘密を知られたくなかったからだと察する。
「どうするよ、俺」
ユーファは、達人の弟子を自称した人間だ。
このまま見殺しにするのが、一番いいかもしれない。
今のうちに逃げてしまえば、ヒューイも追ってこれないかもしれない。そんな迷いを抱くなかで、ユーファは気絶したままでゲリアの服の裾を掴んだ。それは、ゲリアを頼っているような仕草だった。
「ユーファちゃん。俺は、シルメちゃんでもヒューイちゃんでもないよ」
ゲリアは、ユーファの手をほどかせる。
ユーファの甘えは、きっとシルメやヒューイと友好な関係を築いていたからだろう。だがら、意識がなくなると二人がいると思って甘えているのだろう。その様子は、小動物を彷彿とさせる。ユーファを女性だと認識したせいだろうか。
甘える女を見捨てるのは、目覚めが悪い。
ゲリアは、改めてユーファの手当をすることに決めた。
傷を抑えて、これ以上の出血を抑える。
今のゲリアには、これしかすることができなかった。
「はやく、シルメちゃんたちが戻ってくればいいけど」
流れる血の量は、さっきから変わっていない。
このままでは、失血死してしまう。
「なにか打てる手はないかな」
ゲリアは医者ではない。
そのため、血を流し続けるユーファになにをすればいいのかが分からない。
「そうだ、医者に見せれば」
そういってゲリアは絶望した。
暗闇のなかで、ユーファを背負って医者のいる村まで走ることは不可能だ。
「……ゲリア」
ユーファが目を覚ました。
そのことに、ゲリアは少なからずほっとする。気絶したままでは、このまま死んでしまうのではないだろうかという恐れが出てきていたのだ。
「ユーファちゃん、よかった」
「傷は……傷はどうなっているんだ?」
ユーファの言葉に、ゲリアは唾を飲み込む。
「傷は深いよ。血も止まっていない。薬草を取りに行っていたシルメちゃんとヒューイちゃんもまだ帰ってきてない」
心配そうにいうゲリアの言葉を聞いて、ユーファは少しばかり考える。
「傷口を焼くぞ」
その言葉が、ゲリアは信じられなかった。
傷口を焼く、というのは手当の手段としてはある。だが、それは医者が施す手段である。痛みを和らげる薬草も、この場にはないだろう。
「正気なの?痛みが尋常じゃないだろうし、第一焼いて処置をしたあとの手当の仕方なんて俺は知らないよ。ユーファちゃんは、知っているの?」
ユーファは、首を振る。
「俺も医者じゃないんだ。傷を焼いた後の処置なんて知るか。ただ、血は確実に止まる。シルメとヒューイがくるまで、時間が稼げる」
ユーファは、ゲリアを見た。
ゲリアは、首を振る。この場には、ユーファとゲリアの二人しかいない。傷を焼くとしたら、確実にゲリアの仕事になる。
「そこの鍋の底を熱して、傷を焼いてくれ」
「ちょっと待って!」
ゲリアは、叫んだ。
深呼吸一つして、ゲリアは自分の胸に手を乗せる。
「俺、王様から達人たちの弟子を探せって命じられてきたんだ。ユーファちゃんは、自分が達人の弟子だって言ったよね。俺、たぶんユーファちゃんたちの敵だよ。ユーファちゃんは、敵に自分の手当をさせる気なの?」
その言葉を聞いたユーファは、皮肉気に笑った。
その笑顔は、何かの悪だくみをしているような顔だった。
「お前は、俺らの敵にはなれねぇよ。敵になる人間が、必死に俺の止血をするか?そんな心配そうな顔をするか?俺にとって、お前は十分に信用ができる人間だ」
力強い言葉だった。
その言葉に、ゲリアは揺らぐ。
今まで生きてきたなかで、こんなにも強い信頼を寄せられることがあっただろうか。いや、ない。
「もう……しょうがないな」
ゲリアは、腹をくくった。
ユーファの指示の通りに鍋を持ち、暖炉の火で底を赤くなるまで焼く。ユーファは布をくわえ、悲鳴が漏れないようにした。
「ユーファちゃん……本当にいいの?」
最後に、ゲリアは尋ねる。
布をくわえたユーファは、無言でうなずいた。
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