第10話


 シルメとヒューイは、二人で山道を歩いていた。


二人の目は足元を向いていた。生えている薬草を見逃さないためだ。


「シルメ君、二手に別れて探しましょう」


 ヒューイは、そう提案した。


 だが、シルメは首を横に振った。


「夜の一人歩きはさすがに危険だよ。うん、下手をしたら遭難の可能性もある」


 ヒューイは、舌打ちをした。


「悠長な。そうやって、時間切れになったらどうするつもりですか?」


 ヒューイは、焦っていた。


 ユーファの傷は深い。しかも、血が止まらなくなってしまっている。薬草が遅くなれば、死ぬ可能性がある。


「ユーファは強いよ。うん、強い。きっと間に合うはずだ」


「あなたは、楽天的すぎますよ」


 ヒューイの脳裏には、ユーファの死が浮かんでいる。


 それを払拭するためには、シルメではたものしさが足りない。絶対にユーファは死なないのだ、という確証がもてない。


「ユーファを見知らぬ他人に託したことも許せません。私たちの生活に、部外者は入れるべきではないのです」


 ヒューイは、イライラしていた。


 今こうしているうちにも、ユーファは死ぬかもしもしれないのだ。なのに、シルメは焦っていないように見えない。


「分かっているよ。でも、今は緊急事態だからね。借りられるならば、誰かの手でも狩りたかったんだよ」


 シルメの言葉に、ヒューイは歯噛みした。


 ユーファには、秘密がある。


 それは、普段は隠しているがユーファが女だということ。


 それが外部に知れることをヒューイは恐れている。


「大丈夫だよ。うん、ゲリアもいい人そうだったし」


「どうして、そこまで人を信用できるのですか?」


 ヒューイは、シルメに問いかける。

 

 シルメは、首を横に振る。


「誰でも信用しているわけではないよ」


 そんなことは知っている。


 だが、それでもヒューイには納得できなかったのだ。


 見知らぬ人間を信用してしまう、シルメの善性を。


「こういう話になると平行線になりますね。……今はこの話はよしましょう。私たちは薬草を探しにきたのですから」


 ヒューイは、シルメに背を向ける。


 長年生活を共にしてきたのだ。こういうときに意見がかみ合わずに平行線をたどることは、よく知っている。今は、その時間がもったいない。


「あれは、薬草では?」


 ヒューイは、暗いなかを飛び出す。


 彼の視線の先には、薬草があった。ヒューイは、それを急いで摘み取ろうとする。だが、そのとき足が滑った。


「ヒューイ!」


 シルメは、ヒューイの腕をつかむ。


 そのまま二人は、崖から滑り落ちた。シルメは咄嗟に剣を崖の岩肌に突き刺して、そこにぶら下がろうとした。だが、突き刺した箇所が浅かったらしく、剣は外れて二人は地面にたたきつけられる。

 

「ヒューイ、大丈夫かい!」


 シルメは、下敷きにしていたヒューイに尋ねた。


 ヒューイは弱弱しく「無事です」と答えた。


「薬草もこのとおり摘み取れましたが……」


 ヒューイは、そびえたつ崖をみた。


 視界の利かない夜にこの崖を登るのは不可能であり、迂回道を探すにも明かりがなければできない。


「朝を待つしかありませんね。……すみません。シルメ君。急いでいたあまりに、余計に時間をくうことになって」


 ヒューイは、沈んだ顔をした。


 それと同時に、空を見上げて崖の高さを知る。


「大丈夫だよ。ユーファは、俺たちの中では一番丈夫だったじゃないか。彼女ならば、朝まで持つよ」


 シルメのいうとおり、ユーファは小さいころから風邪をひきにくい子供であった。だが、それと毒に抵抗する体力とは関係ないような気がする。けれども、今はそれを信じて朝を待つしかない。

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