第8話


 シルメが、ユーファを抱き上げる。掲げられた軽い体は、血があふれ出てきた。シルメは急いで、ユーファを家に運び入れた。彼をベットに寝かせて、傷を見聞した。


「傷は浅いけど、血が止まらない。ヒューイ、なにか布を!」


 シルメに言われて、ヒューイは自分が着ていたマントを手渡す。シルメは、それを使ってユーファの傷を圧迫した。止血しようとしているのだが、その思惑に反してヒューイのマントは真っ赤に染まる。


「ユーファ。ユーファ。大丈夫かい?」


 シルメが、心配そうにユーファに尋ねる。


 ユーファは表情を歪めながらも、少しだけ顔を上げる。


「大丈夫だ……と言いたいところだが、竜の爪には毒があるよな。その毒を薬草で解毒しないと危ないはずだ……。竜の爪の毒には、血を止まらなくする成分があったから」


 ユーファの言葉に、ゲリアははっとする。


 たしかに、竜の爪には毒がある。解毒には、特別な薬草が必要なはずだ。


「その薬草は……ここにはないですね」


 部屋のなかで薬草を探していたヒューイは、再び槍を握る。


「私が薬草を取りにいってきます。シルメ君は、ここでユーファ君を見ていてください」


 ヒューイは、そう言った。

 

 だが、シルメはそれを許さなかった。


「いいや、俺もいくよ。うん、二人で行ったほうが早い」


「でも、ユーファ君をここに一人にしておくわけには」


 シルメとヒューイは、入り口近くにいたゲリアを見た。


 それだけで、ゲリアはひっと悲鳴をあげた。


「……まさか部外者にユーファ君を任せる気ですか。正気ですか?」


 ヒューイの言葉に、シルメは真剣な顔で頷く。


「それしか今は手がないよ。うん、ユーファ。俺たちが戻ってくるまで、我慢できるね?」


 小さな子に言い聞かせるような口調で、シルメはユーファに尋ねる。


 ユーファは、頷いた。


「ああ、大丈夫だ。待てる」


 ユーファの言葉に、シルメは穏やかに微笑んだ。


「分かった。できるだけ、早く戻ってくるね」


 シルメの決断に、ヒューイはため息をついた。そして、ゲリアの方に槍を向けた。その切っ先がゲリアの鼻先に当たり、ゲリアは再び両手を上げていた。


「ゲリア君。君には、ユーファ君の世話を頼みます。できますか、できますよね」


 ヒューイの脅しに、ゲリアは無言で何度も頷いた。


 ヒューイの目は静かで、激情などは感じられない。その静かさが怖い、と思った。ヒューイならば、何も感じないままでゲリアのことを殺しそうである。ヒューイの槍を下ろさせたのは、シルメであった。


「見ず知らずの君に頼むことではないことは分かっているけれども……ユーファのことを頼んでもいいかな。君しか頼める人がいないんだ」


 ゲリアは、ユーファの方をみた。


 ユーファの呼吸は荒い。


 二人が薬草を取って戻ってくるまで、ユーファは本当に持つのかとゲリアは思った。もしも持たなかったら、ヒューイがゲリアのことを殺しそうである。だが、この場で断ってもヒューイがゲリアを殺すであろう。


「分かったよ。言っておくけど、俺は医療の心得とかないから出来るだけ早く帰ってきてね」


 ゲリアは、ユーファの傷を抑えていたシルメと代わった。布は血がしみ込んでいて、ユーファの体温の温かさが伝わってきた。これは本当に危ないかもしれない、とゲリアは考える。もしも、ユーファが死んでしまったら逃げるしかない。


「じゃあ、行ってくるね」


 そういって、シルメたちは薬草を探しに旅立った。


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