第4話

 巨大な竜が、地面に着地する。


 地響きが響き渡り、ゲリアはそれだけで逃げ出しそうになった。だが、暗闇を闇雲に逃げ出すことはできない。


ゲリアは、竜を見上げる。


巨大な竜は獲物を見つけたせいなのか涎をたらし、牙をあらわにしていた。その恐ろしい形相だけで、ゲリアは失神しそうになる。


 そんなゲリアを他所に、ユーファは悪い顔で笑っていた。


 分厚い本をめくり、恐れもなく竜に対峙する。


「ユーファちゃん……聞きたくないけど、勝率ある?」


 ゲリアは、恐る恐るユーファに尋ねる。

 

 竜を目の前にして、人間ができることなど決まっている。楽に死ねるように祈るだけである。だが、ユーファの目はあきらめていなかった。それどころか、竜の巨体を目の前にして笑っている。


「勝算なんて、ない」


 ユーファは、言い切った。


 ゲリアは、泣きたくなった。


「本当にもう……今日って厄日だよね。まったく、ユーファちゃんとなんか出会わなければよかった」


 ゲリアの嘆きに、ユーファは高笑いをする。


「あははは、ゲリア。お前はラッキーだぜ」


 ユーファの言葉に、ゲリアは彼の方を向いた。


 風が吹いていた。


 その風が、彼の髪やローブの裾をひるがえさせる。


「俺の名前は、ユーファ。今は亡き、最強の魔法使いの弟子の一人だ」


「え……」


 ゲリアは、耳を疑った。


 ユーファは、相変わらず楽しそうに笑っている。


「ユーファちゃん、それってどういうこと?」


 ゲリアは、思わず聞き返す。


 この国は、かつてクーデターがあった。そのクーデターに逆らおうとした達人たちが、三人いた。王は今更になって、その弟子たちを探せと命じた。


 そして、ユーファはその件の弟子の一人は自分だという。


「地の力をここに示せ」


 ユーファはそう呟き、彼が持っている本が輝いた。


 竜が、足をつけていた地面が割れる。竜は飛び上がり、空へ逃げる。だが、竜の視線はまだユーファを睨みつけていた。竜は、ユーファを獲物として見定めたようだった。


 ユーファは、本の次のページをめくる。


「ユーファちゃん、魔法の連射ってできないの?」


 ゲリアは、ユーファの後ろに隠れながら訪ねる。


「連射は無理だな」


「そうだよね。知ってた」


 魔法使いは、それぞれ本を持っている。ユーファも持っているこの本は、魔法使いにとっては命だ。そこには魔力が込められた文字で呪文が書かれており、その文字を読むことによって魔法発動される。


さらに文字に含まれた魔力は、魔法を発動させる際の補助としてもつかわれる。この方法は、魔法使いがごく一般的に魔法を行使する方法だ。そして、この方法が魔法使いにとって一番負担が少ないともいう。


 竜が、大きく息を吸う。


 竜が炎を吐くと察したゲリアは、今度こそ死を覚悟した。


 だが、ユーファは焦ることはなかった。


「水の力をここに示せ」


 そう呪文を唱えて、水の盾を出現させる。


 竜が吐き出した炎は、その盾に阻まれる。ゲリアはその盾を見て、改めてユーファが優秀な魔法使いであるのだと実感した。


 彼はすでに、風に地面、水の魔法を使っている。


 魔法使いは普通ならば、一種類の魔法しか使わない。魔力が足りなくなるからだ。だが、ユーファは三種類も使っている。


 彼ならば、本当にそうなのかもしれない。


 この国にかつていたという、達人。


 王だけが、いまだに生きていると信じていた達人の弟子。


 彼が、本当にそうなのかもしれない。


 竜が吐いた息吹の威力が弱まると、ユーファは水の盾を消す。すると目の前に、竜の巨体があった。竜は、その巨大な尻尾をこん棒のように振るいユーファにたたきつけた。


「うわぁ!」


 ユーファの足元が崩れる。


 彼はバランスを崩し、その拍子に本も地面に転がった。


 ゲリアには、竜が笑ったような気がした。竜は、知能が高いことで知られている。もしかしたら、魔法使いが本を使って魔法を使用していることも理解しているのかもしれない。


「ユーファちゃん!」


 ゲリアは、ユーファの名を呼んだ。


 ユーファは急いで本を拾い上げるが、その前に竜が吐息を吐き出す。炎が再び、ユーフェアに降りかかる。


もはや、水の盾は間に合わない。


ゲリアは、思わず目をつぶった。


 ユーファが、焼き殺されると思ったからだ。

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