第3話

 肉を味わっていると、遠くから獣の鳴き声が聞こえた。


 ユーファは、自分の分の肉を置いて立ち上がる。


その表情は、真剣そのものであった。ゲリアは、首をかしげる。ゲリアの耳には、遠吠えは狼のものに聞こえた。


狼は、賢い動物だ。


彼らは家畜こそ襲うが、火を焚いている人間を襲うことはない。


「そんなに警戒するような鳴き声じゃないだろ。狼だろうし」


 子供がいるのならば、狼に襲われる可能性もある。


 だが、ここにいるのは成人男性が二人。狼も襲ってはこないだろう。


「これは狼じゃない。はぐれ竜の鳴き声だ。どこかで竜が飛んでいるんだ」


 ユーファの言葉に、ゲリアの背中にも緊張が走る。竜は普通は群れで生活するが、その群れからはぐれる個体が稀にでる。その竜は大抵の場合は群れになじめなかった凶暴な個体であり、人間を捕食することもありえる。


「こっち近づいてるな……。このままだと、この先の村に着陸しちまう」


 ユーファは、肉を焼いていた焚火にもっと木をくべる。火が大きくなったので、ゲリアは眼をむいた。


「ちょっと、そんなことしたら竜がこっちに気がついちゃうでしょう!」


 そうなればユーファとゲリアは、仲良く竜の夕食になってしまう。


 そんなことは望んでいないゲリアは、声を荒くして怒った。だが、ユーファは涼しい顔をしている。それどころか、さらに焚火の火を大きくしている。


「気が付くように火を大きくしてるんだよ。村に着陸されたら、大きな被害が出る。ここで竜を食い止める」


 ユーファの言葉に、ゲリアは言葉を失う。


「ゲリアちゃんって、バカなの。はぐれ竜っていったら、国が軍隊を派遣するレベルのもんよ。それを個人がどうこうしようっていうの」


 今のゲリアたちができることと言えば、逃げることぐらいのはずだ。なのに、ユーファははぐれ竜を迎え撃とうとしている。信じられない、とゲリアは言った。


「ユーファちゃん。俺、死にたくないからね」


 ゲリアは立ち上がり、山の奥深くに逃げようとする。


 だが、炎の明かりが届かない山奥はそれはそれで恐ろしい。ゲリアは明かりの届かない山奥へ逃げることができなかった。


ゲリアは、ユーファの方を見る。


彼は、ますます焚火の火を大きくしている。


「俺、もしかして積んじゃった?」


 昼間に熊と出会って死にかけたと思ったのに、今度は竜を呼び寄せて殺されかけている。


 狼の遠吠えのような声が、さっきよりも近いところで聞こえた。空を見上げると、空を旋回する竜の姿が見えた。巨大な竜は、大きな翼を広げている。馬や牛がいたならば、きっと恐れをなして逃げていただろう。ゲリアも逃げ出したい。


 だが、どこへ逃げればいいのだろうか。


 周囲は真っ暗で、竜を呼ぶ、焚火だけが眩いほどにまぶしくて。


「来るぞ」


 ぺろり、とユーファは唇を舐めた。


 彼は、悪い顔をして笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る