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    *


 その「繰り返し」の後では、泣き止んだアンが最後尾の扉を開け、その場に佇んでいた。――「何か」を思い出している、そんな様子だ。

「……ヴァイさん」

 ヴァイに気付いたアンが、弱々しく[にぱっ]と笑った。無理しているように見えて、ヴァイはまた[彼女]の頭を優しく何度か撫でて、静かにその隣に立つ。

「すみません、取り乱してしまって。 ……あんなに後悔するものなんですね」

「……そうだな。 俺はこの列車に来てずいぶん経つが、いつだって後悔する。 無理もないんだ」

 しばらく沈黙が降りていたが、アンがそんなことを口にする。ヴァイは先程言えなかったことを短いながら伝えると、黙り込んで[彼女]が話し出すのを待った。……まだ、アンが何か言いたげに見えたからだった。

「後悔していたら、何だか、死んだ時のことを思い出してしまって……」

 また沈黙が降りた後、ふと、アンがそう切り出した。[彼女]をじっと見つめながら、ヴァイは少し躊躇いながら、「……聞いても良いのか?」と返した。

「私……飛び降り、だったんです」

 うなずいた後告白したアンの言葉に、ヴァイは思わず息を呑んだ。いつも明るい[彼女]からは想像できなかったからだった。少し間を置いて、アンが話を続ける。

「〝あの日〟泣いていた私は、どこかの建物の屋上で立っていました。 空は曇っていて、私の気持ちも同じように薄暗くて。 何度も、やめようって思った気がします。 でも、迷ってる内に偶然、夕日が灰色の雲の間から見えたんです。 その瞬間、私は、橙色の空へ、飛びました――〝それ〟だけ、はっきり覚えてるんです。 他のことは、転生の神様に止められて、あまり覚えていないんですけどね。 気が付いたら、私はこの〝姿〟になっていました。 ――自分がこの〝選択〟をしたせいで、家族や誰かを悲しませてしまったんじゃないか。 そう思わずにはいられなくて、私は自分を責めました。 ……だけど、転生の神様は全然私を責めないで、むしろ転生を勧めてくれました。 でも、私、どうしてもできなくて。 そうしたら、この列車のことを教えてくれました」

 ――鈍色の瞳は曇り空、橙色の髪は夕日。〝その瞬間〟が姿に「現れた」ことで自分を責め、そして、転生できないでいる。

 同じだと、ヴァイは思った。列車に来た頃から、〝彼〟も自身の姿を目にする度に自分を責めている。髪の色が――理由は分からないが――だんだん薄くなっている近頃も、それは変わっていなかった。

 そして、転生の神が似ていると言ったのも納得できた。未だに、ヴァイは〝答え〟を見つけられず、この列車に留まっている。

「だから、私、〈ここ〉へ来ました。 それで、せめて、ここで出逢う人達には悲しいおもいをさせないよう、明るく振る舞うよう決心して、できるだけやってみました。 ……だけど、やっぱり駄目ですね。 私は全然変わってない」

 そう話して、目を伏せ泣きそうになるアンに、ヴァイはすぐに首を振ってみせた。[彼女]がいなかった時の喪失感――もうすでに、アンはこの列車にとって、なくてはならない存在になろうとしている。

「そんなことはない。 アンがいることで、救われたってヤツが絶対いる。 それに俺はアンのように『誰』とでも話せる訳じゃない――お前にしかできないことなんだ。 ……あと、お前がいない列車はいつもと違って調子が狂った」

 強い口調で、ヴァイはそう話すと、またアンの頭を何度も優しく撫でた。しばらくそうした後、少し経って、ヴァイは思った。――〝その瞬間〟のことを、アンは打ち明けてくれたのだ。自分だけ黙っている訳にはいかないだろう。

「――俺は火事だった」

 髪を整え、ヴァイは口を開く。その告白に息を呑んだアンが、〝彼〟の顔を見上げる。目を合わせることなく、ヴァイは話を続けた。

「詳しいことは俺も覚えてない。 確か………夜中だったと思う。 俺には妻と息子――家族がいてな、その日も家で一緒だったんだ。 そこへ、犯人の男がやって来て、火をつけられた。 そいつがそんなことをしたのは……俺のせいなんだ。 はっきりとは覚えてないが、何か、恨みを買うとか……そいつをたきつけるようなことを、俺はしてしまったんだと思う。 ――そいつは憎悪のような黒い感情を俺に向けていたんだ。 火事で、俺は家族と左眼を失った。 家族は無事に転生したそうだが、どうしても俺はできなかった。 ……俺が、家族を、死なせてしまったんだから――」

「――そんなことない、ヴァイさんのせいじゃないです!! 奥さんや息子さんだって、ヴァイさんを責めたりしてない! ――きっと、ヴァイさんが転生するのをずっと待ってると思います! ……それに、私なんかよりずっと、この列車にいるヴァイさんに救われた人が、たくさんいるはずです!」

 必死になって、アンがヴァイを見つめながら、すぐにそう語り掛ける。思わず振り返って、ヴァイは黙って、[彼女]を見つめ返す。

 ……なぜだろう。「あなたのせいではない」、そう誰に言われても受け入れなかったはずなのに。もちろん、まだ自分を「許す」ことはできない。けれど、なぜだかアンに言われると、ヴァイは少し気持ちが楽になった、気がした。アンを見つめていると、初めて星灯列車スター・ライト・トレインを目にした時と同じだった――何か、自分の中で何かが変わりそうな、そんな気がしたのだ。

〝……言ったでしょう? あなたがずっと「繰り返し」にいる必要はないと。 それは[彼女]も同じことなのですよ〟

 不意に列車の〈声〉がきこえて、ヴァイは顔を上げる。アンの様子を伺うと、何も反応していないのでどうやら〈声〉はきこえていないらしかった。

 何にせよ、もう少し考える時間が必要だ。ヴァイはそう思いながら、 ふっと微笑んで、アンの頭を優しく叩いた。

「……ありがとうな」

 ヴァイは呆けている案内人ガイド見習いをじっと見つめる。……「此処」に[光]は在る。今すぐには難しいかもしれないが、いつかは――――。

「アン、とりあえず、いつも通りやるぞ」

 ヴァイのその言葉を聞いて、アンが慌てて、顔を拭って、「はいっ」と返事をしながら、[にぱっ]と笑った。[彼女]にうなずいてみせ、ヴァイはいつものように自分の「役割」をこなし始めるのだった。

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