3-2
*
「初めまして! 私、アンと申します! 本日から、車掌兼ガイド見習いをさせていただくことになりました! 以後、よろしくお願いします!!」
――面喰らった。終点を過ぎた後、気が付くと、〝彼〟の目の前に、鈍色の瞳に、夕焼けのような橙色の長い髪を三つ編みをした、白いワンピースの[彼女]――アンが立っていた。
元気いっぱいに挨拶をし、一礼をすると、アンは顔を上げ笑った。――[にぱっ]、太陽のような、もしくは花が咲いたような、そんな笑顔だ。
……まさか、この列車に自分以外の〝モノ〟が来るとは思ってもみなかった。永い間独りでいることに慣れきっていた〝彼〟は戸惑い、[彼女]の眩しい笑顔に少し気後れしながら、一礼を返しながら自己紹介を返す。
「俺はヴァイだ、よろしく。 えーと……」
ここに来た理由を聞いて良いものか、〝彼〟――ヴァイが口を濁していると、アンがそれを察して、「あぁ!」とぽんと手を叩きながら呟いた。
「ここには、転生の神様から紹介されてやって来ました! 〝あなたと似た男性がいるからきっと……〟って」
似た……? ヴァイは首を傾げる。初対面だからかもしれないが、アンとの共通点は今のところ見つかりそうになかった。
「ともかく、ヴァイさん、これからよろしくお願いしますね!」
[にぱっ]と、アンがまた笑う。
……とりあえず、制服を着せないといけないな。またその笑顔に少し気後れしながら、ヴァイはそう思った。そして、不意に自分の帽子を外すと、[彼女]に被せ、ぐりぐりとその頭を乱暴に撫でる。
アンからは「ちょっと〜!」と抗議の声が上がったが、楽しそうに笑ってもいた。ひとしきり撫でた後、ヴァイは[彼女]を車掌のスペースに案内した。
そこにはアンを待ち受けていたかのように、[彼女]の制服が置かれていた。〈声〉がきこえて来るだろうかと、アンの着替えを待つ間、ヴァイは考えながら、列車の中を眺める。――が、一向にきこえて来る様子はない。……どうやら、自分が[彼女]に色々教えないといけないようだ。
「おまたせしましたー!」と制服に身を包み、明るい声で言い放ったアンに、ヴァイはまた気後れしながら、いつも通りに自分の「役割」をこなし始めるのだった。
*
見習いとしてのアンは優秀と言って良かった。誰に対しても、物怖じせず、あの[にぱっ]という笑顔を武器にして、誰に対しても親しげに接していた。……何というか、不思議な魅力をもっている少女だった。
対して、ヴァイは列車に来た頃は無愛想で、永く経験を積むことでようやく、車掌として丁寧な対応をするようになったので、少しばかり肩身が狭かった。……それに加えて、独りで列車にいることに慣れている感覚が、しばらくの間どうしても拭えずにいた。
そんなヴァイに対しても、アンは別け隔てなく接していた。〝彼〟が列車のことを教えると、すぐに覚えてみせ、最後には[にぱっ]という笑顔で、元気良く「ありがとうございます!」と礼を言うのだった。そんなアンに、ヴァイは[彼女]と普段通りに接することにした。
「繰り返し」を何度か過ごしていると、アンがある才能を発揮し始めた。アンは「客」――列車に乗る魂のことをヴァイはそう呼んでいた――にも接することができていた。
「客」はみる者によってみえ方が違う。――ただの影にみえたり、人の姿ではあるが透けていたりなど、様々だ。永い間列車に乗っているヴァイでも、かろうじて人にみえるだけだった。アンにはきちんと人にみえるらしかった。それどころか、[彼女]は「客」と話もしていて、あの人はどうとか、そんな話や会話の内容を、時々口にしていた。当然、ヴァイにはその声も聞こえないので、曖昧にうなずくしかなかった。
それに加えて「客」だけでなく、迷い人――列車に迷い込んだ「者」の呼び名だ――に対しても同じだった。まれにではあるが、列車はどこにでも走るため、「人」ではあるが言葉が全く通じない迷い人達があらわれることがある。アンはそんな迷い人とも会話ができていた。別け隔てなくきちんとガイドとして導くアンに、ヴァイは感心していた。
――アンがいると、列車が明るくなる。そういうのも悪くないかもしれない。ヴァイはそう思えるようになっていたが、一つ気掛かりなことがあった。……アンの前に「死」を選ぶ迷い人が、あらわれたことが未だになかったのだ。今までは運が良かったのだろうが、いつかは必ずそういう者達がやって来る――そんな覚悟をしなければならないのだ。
……だが、きっと、まだ「その時」ではないだろう。どうか、今しばらくはこの安寧が続きますように。ヴァイはそう願わずにはいられなかった。
――しかし、現実はそんなに甘くなかった。時間が経つよりも早く、「死」を選ぶ迷い人があらわれたのだ。
その迷い人に対して、アンはいつものように、親しげに接していた。その成果もあり少しではあるが、迷い人達は[彼女]に心を開いていた、ように思う。……だが、足りない。そう感じたヴァイもいつものように説得を試みたが、最後には心にしこりだけが残った。
経験を積んでいく内にいつの間にか、終点を通り過ぎた時、何となくではあるが、ヴァイには迷い人がどちらを選んだのかが「わかる」ようになっていた。そういう不安に思える時は、嫌な予感が的中してしまうことが多かった。
「……!」
終点を通り過ぎた時、ヴァイはやはり「それ」を感じ取って、ため息を小さくこぼす。……駄目、だった、救えなかった――そんな後悔が、ヴァイを襲う。
それと同時に、ヴァイはアンの様子を伺った。今のところ、アンに変わったところはない。胸を撫で下ろし、ヴァイは[彼女]に悟られないように平静を装う。……だが、もしかしたら――――。
ふと、アンは顔を上げ、終点の方へ振り向く。そして、青ざめた表情で「……ねぇ、ヴァイさん」とヴァイに声を掛ける。
「あの二人……」
……やはりか。アンは優秀だ――いや、優秀過ぎたのだ。それ故にひょっとすると「わかって」しまうのではないかと、ヴァイは懸念していたのだ。けれど、はっきりとは「わかって」いないようで、うっすらと嫌なモノを感じる――そんな様子だった。
不安そうに、アンはヴァイが答えるのを待っている。……嘘をつくこともできると、ヴァイは一瞬思った。それと同時に、「これ」ばかりは避けて通れないものだとも思った。ヴァイは唇を噛んで、決心して答える。
「――そうだ」
答えを聞いた瞬間、アンの頬に涙が伝った。おもむろに、アンはどこかへ走り出した。ヴァイが止めようとしたその時――――。
――列車の警笛が、大きく鳴り響いた。
気が付くと、ヴァイは最後尾の車掌専用スペースの前に立っていた。アンを探すと、その中で小さくなって泣きじゃくっていた。
……分からないでもないと、ヴァイは思った。永い間に何度か、迷い人が「死」を選ぶのをみて来た〝彼〟さえ、救えたかもしれないと後悔しているのだ。たとえ、迷い人の「その決意」が揺るぎないものだったとしても、何かできることがあったかもしれないと思うのだ。
それを伝えようとしたが、上手く言葉に出来そうもなかったので、ヴァイはアンの隣に立って、[彼女]の頭を優しく何度か撫でた。
「……しばらく休め」
短くそう言って、ヴァイはいつも通りに自分の「役割」をこなし始める。アンのいない列車を心なしか、暗く感じながら、ヴァイは久しぶりに一人で終点までの時間を過ごしたのだった。
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