1-3


      *


「……さま、――お客様?」

 声を掛けられ、ルシアスは飛び起きる。どのくらい経ったのだろうか。窓の外には暗闇が広がっている。……まさか夜まで眠ってしまったのだろうか。内心焦っていたが、ひとまず声を掛けたのは誰なのか確認する。

 目の前にいたのは、車掌と思われる男。赤い長髪に、左目に眼帯を着けている。――見るからに怪しそうだった。けれど、先程の係とは違って、双子に不信感を抱いている様子はない。ただ、目を覚ましたのに応答しなかったためか、不思議そうな表情かおをして、ルシアスの顔を覗き込んでいる。

「お客様? 起きたなら、きっぷチケット拝見」

 慌てて、ルシアスはポケットに突っ込んでいたきっぷを車掌に差し出す。その途中で、あることに気付いて息を呑む。三枚あったはずのきっぷが、ルシアスとリィゼルの分だけに減っていた。おまけに、元々は紙の形をしていたはずなのに、カードの形に変わっている。

 驚いて周りも見ると、乗った時は誰もいなかったのに、今は満員に近くなっていた。……ただし、乗っているのは「人」ではなかった――人の形をした影だった。ここは何処、なのだろう。

「………………」

 車掌――彼も「人」ではないのだろうか?――が、ルシアスとリィゼルのきっぷを眺めて、何か考え込んでいる。ちらりと双子を見た後、まだ考えている様子だったが、きっぷをルシアスに返した。……用事は済んだはずなのに、なぜか立ち去ろうとしない。

「あ、あの、ボクたち――」「――ねぇ、シア見て!」

 怪しまれたのかもしれないと思って、口を開いたルシアスだったが、いつの間にか目を覚ましたリィゼルがそれを遮った。彼女は窓を開いて、外を指差していた。

「ワタシたち、空を飛んでいるわ! しかも、ただの空じゃなくて、星がたくさんある空よ! とっても綺麗ね!」

 言われてルシアスは窓の外を見ると、確かに汽車は空を飛んでいて、星でできた線路を走っていた。彼にはたくさん疑問に思うことがあったが、リィゼルは気に留めず、楽しんでいるようだ。

「あの、ここ、は……?」

「死者の魂を運ぶ列車」

 ルシアスの問いに、車掌が短く答える。けれど、それ以上のことを教えるつもりはないらしかった。……まだ車掌は立ち去らず、何か言いたげに双子を見つめる。

「……何か?」

「…………。 …………、何でもないッ」

 訝しげにルシアスが尋ねると、車掌がようやくその場を離れた。ため息を一つついて、ルシアスは考え込む。……確かにどこでも良いとは思っていたが、まさかこんな訳の分からないところになるとは。けれど、まだ窓の外を楽しんでいるリィゼルを見ると、ルシアスは彼女さえいれば良いという気がしていた。

 この先どうなるか分からないが、少しくらいなら考える時間はあるだろう。ルシアスはリィゼルを眺めながら、物思いにふけり始める。

 ――……きっと、この先、何か、選択を迫られるような気がルシアスにはしていた。汽車を降りるか、降りないか――そんな選択を。けれど、降りるなんて選択肢は双子にとって、あり得ないものだった。

 特に、両親と双子は仲が悪かったという訳でもない。……虐待、なんてことも全くなかった。……むしろ、父親がいなくなる前まではとても幸せなくらいだった。ただ、双子にとっては両親よりも、お互いといる時間の方がずっと長かったのだ。

 生まれた時からいつも一緒で、口にしなくてもお互いのことは手にとるように分かる。双子はそんなお互いをとても特別な存在に感じていた。――だから、離れ離れになってしまうなんて想像がつかなかったし、想像したくもなかったのだ。

 ある時――父親がいなくなった時、双子は誓い合っていた、ずっと一緒にいると。それ以来、ルシアスはリィゼルを守り、その誓いが破られないようにしていた。それは、今も、これからも、ずっと変わらない。

 だから、離れ離れになるなんてことは、決してない。どんな形になろうと、二人で一緒にいる選択をする――ルシアスはそう決心したのだった。


 しばらくすると、汽車は駅のようなところで、半時間ほど停車した。影達の中にはその場から動かないモノもいれば、降りていくモノもいた。車掌はというと、どこからともなく現れ、巨大なビンを持って駅へと向かっているようだった。その途中、ルシアスは車掌と目が合ったような気がしたが、あまり考えないようにする。

「……ねえ、リィゼル」

 ルシアスはそう声を掛け、リィゼルの手を優しく握った。彼の手を握り返し、「なぁに?」とリィゼルが答える。

「ボクたち、誓ったよね? ずっと一緒にいるって。 まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったけど、それは今も変わらないよ」

「ルシアス、分かってるわ。 ワタシ、シアが守ってくれてるって、ちゃんと分かってるから。 だからね、ルシアス。 ワタシにはあなたしかいない、……あなたしかいないの」

 何度もうなずき、微笑みながらそう話したリィゼルの肩を、ルシアスは抱き寄せた。そんな彼の肩に、リィゼルも寄り掛り、目を閉じた。

「この先どうなるか分からないよ」「うん」

「ボクの中ではどうするか決まってるけど、……良い?」「……うん」

「……愛してるよ、リィゼル」「……私も愛してるわ、ルシアス」

 ルシアスも目を閉じ、しばらくそうしていた。

 その間も、汽車は何回か駅に止まり、しばらく滞在する――それを繰り返していたが、一つだけ滞在時間が短い駅があった。

 その駅から発車した後、ルシアスはふと目を開けた。見ると、車掌が、何か小さな光が入った巨大なビンを両脇に抱え、最後尾の奥の扉へ向かっていた。その扉は双子のいる席の真横にあったので、否が応でも彼の姿が目に付いた。

 双子をちらりと見た後、その脇を通り過ぎた車掌は扉を開け放った。そして、片方ビンを降ろすと、もう片方のビンを外に向ける。

 どうなるのか気になって、思わずルシアスは覗き込んでいた。ビンの中身――小さな光がそのまま、汽車が走っていた星の線路へとこぼれることなく、落ちているようだった。

 小さな光がなくなると、同じように残りのビンも開けると、車掌はしばらく外を見つめ、おもむろにその場へ座り込んだ。

「――――」

 そして、そのままうなだれ、何かを呟いたようだった。ルシアスには何と言ったのか、あまりにも小さい声だったので聞き取ることはできなかった。少し経って、車掌が立ち上がり、髪を一つに結び帽子を被り直すと、双子の方へとやって来た。

「……お客様、もうすぐ終点に着きます。 終点では元いた〝場所〟へ戻るか、もしくは……――」

「――このまま乗っていくことはできませんか?」

 ルシアスは車掌の言葉を遮り、そう尋ねる。聞かれた車掌は戸惑っているがどこか悔しがっている表情で、「でも、それは……」と口ごもっている。

「戻らなければ、死ぬ、このまま乗っていても、死ぬ――ですよね?」

 車掌が何を言おうとしたか、ルシアスには分かっていた。核心をつくと、車掌が更に悔しそうな表情かおをして、うなだれながら「……そうです」とうなずく。

「――けれど、終点でその選択をするのと、ここでするのとでは訳が違います。 終点であれば、輪廻には入れる、そう聞いています。 けれど、このまま乗っていけば、輪廻に入れないかもしれませんし、本当にその先どうなるのか、分からないのです」

「構いません」「構いません」

 双子がほぼ同時に、そう言い放っていた。続けて、ルシアスは車掌に向かって、自分達が決めた〝答え〟を語り始めた。

「……ボクたち、離れるなんて、できないんです。 戻れば、ボクは親戚のところに、妹は……場所も分からないところに行くことになるんです。 だけど、そんなことはとても受け入れられない。 だから、逃げて来たんです。 終点では、どうするのか知らないけど、きっと少しの間離れることになるんでしょう? それもできません――もう片時も離れたくないから。 だけど、せめて、最期の瞬間くらいは一緒にいたいんです。 ……その後どうなるかなんてことは関係ない。 少なくとも、ボクは生まれ変わっても変わらなくても――不可能でも、どうにかして妹を見つけ出す。 そう、覚悟を決めています。 ――だから、もう、とめないで下さい」

 言い終えると、ルシアスはもう一度リィゼルと肩を寄せ合い、お互いに手を握って、目を閉じる。リィゼルの方も同じようにしていた。そうして、双子はお互いを感じ合う。

 やがて、何も言えなくなったであろう車掌の気配が消えた。その少し後、汽車が止まった。恐らく、終点に着いたのだろう。

「リィゼル」「ルシアス」

 しばらく経って汽車が動き出した時、双子はお互いの名前を呼んだ。少し怖いという気持ちがあるのはお互いにわかったので、手を強く握りあった。眠りにつくような気でいよう――そう、お互いに無言で示し合わせた。

 そして――――――。

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