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      *


 早朝、一睡もせずその時を待っていたルシアスは、家の中が静まり返っているのを確認してから、リィゼルを起こした。ルシアスは彼女に自分の服を着せ、最後に髪を束ねて帽子を被らせて、少年に見えるようにした。少しでも周りの目を誤魔化すためだ。そして、自らも準備をして荷物を抱え、彼女の手を握って、音を立てないようにして家を出る。

「いいかい、リゼ。 駅についたら、僕は子供ニ枚大人一枚の切符を買う。 もし怪しまれたら、遅れて来る母親と一緒におばあちゃんの家に泊まりに行く、朝が早いのは仕事に出ていく父親が、しばらく会えないからわざわざ見送りに来てくれるから、そう話すからリゼも合わせるんだよ。 ……それでも怪しまれたら、僕が手を繋ぐから一緒にすぐ走って。 それで適当に汽車へ乗り込むから。 分かったかい?」

 家を出て、周りに誰もいないことを確認して、ルシアスは歩きながら、早口でリィゼルにそう言い聞かせた。リィゼルがうなずいて、彼の手を強く握り返す。それを合図にして、ルシアスは駅へ向かう大通りまで早足で歩いて行った。

 大通りに出ると、働きに出掛ける大人達が疲れた表情かおをして、駅に向かっていた。ルシアスはその合間に入り込み、うつむきながら歩く。リィゼルもそれを真似て彼の後を着いて行った。多少、不審そうな視線を投げ掛ける者もいたが、二人に声を掛けることはなかった。

 しばらくすると駅に着いて、ルシアスは切符を買うため、購入の窓口へ進む列に並んだ。列が混んでいたため、順番が回って来た頃には太陽が大分昇ってしまった。……なるべく、暗い内にここを離れたかったのに。ルシアスは内心舌打ちをする。

「大人一枚、子供二枚」

 訝しそうにしながら、係が二人を見ている。ルシアスは平静を装いながら、先程の説明を口にした。

「お父さん、早く来ないかな。 今、お母さんが迎えに行ってるんだよね? あぁ、早く会いたいな。 ねぇ、おじさん。 お母さんがあなた達なら大丈夫って駅まで行くように言ったんだ――お使いだよ! ね、ちゃんとお使いできて、僕たちってえらい?」

 後押しするかのように、リィゼルが無邪気に笑ってみせ、係にそう問い掛ける。係はまだ不審そうにはしていたが、彼女の笑顔に困惑しながらうなずいて、渋々切符をルシアスに渡した。

 礼を行って、ルシアスはリィゼルの手を握って、「……早く行こう」とささやき掛ける。そして、足早にその場を離れた。不安に思って、少し後ろを振り返ると、係が警備服を着た二人組に声を掛けた後、電話を手にしていた。……まずい。

 ルシアスはリィゼルの手を引いて、駆け出した。後ろから、叫び声が聞こえるような気がする。急いで、出発しそうな汽車を探し出し、そちらへ向かう。

 その近くまで走って振り返ると、二人組がすぐそこまで来ていた。ルシアスはリィゼルを抱いて、狙った汽車に飛び乗る。彼と合わせるように、彼女も飛び、受け身を取った。

 運良く汽車は出発して、駅からどんどん離れていく。二人組が何か叫んでいたが、もうその声は双子に届かない。

 ……やった。ルシアスとリィゼルはお互いを見つめ合い、笑い合った後最後尾の車両に乗り込んだ。不思議なことに、中には誰もいなかった。駅にはあんなにたくさん人がいたのに。奥まで進み、対面式になっている座席に、二人並んで座る。

 少し経って、リィゼルが寝息をたて始める。寝ていなかったせいもあるのか、ルシアスも釣られて眠くなっていた。誰もいないから少しくらいなら大丈夫だろうか。そう思ったすぐ後に、彼も目を閉じ、眠り始めたのだった。

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