1.junction・selection
1-1
――――ずっと一緒にいると、誓ったのに。
少年は、ただ途方に暮れていた。目の前には、彼の片割れである、人形のように美しい双子の妹が同じく途方に暮れて、泣いている彼らの母親に抱かれていた。
「ごめん、ごめんね……」
母親が何度も何度も謝りながら、妹の頭をなでている。妹もまた途方に暮れ、されるがまま、その場に立ち尽くしていた。……無理もない、と少年は思った。自分がこれからどうなってしまうのか、妹は知らないのだ。
妹が困ったように、少年を見つめる。少年はうなずいてみせ、それから、母親に視線を送った。――許すと
「大丈夫、私は大丈夫だから」
それを聞いた母親がわっと更に泣き出し、部屋を飛び出した。母親から解放された妹はすぐさま、少年の元へ駆け寄る。そんな彼女の手を少年は優しく握った。そして、しばらく、双子は身を寄せ合い、その場で放心していたのだった。
*
少し前まで、双子――兄であるルシアスと妹のリィゼルは両親と共に、幸せに暮らしていた。特に、リィゼルはその美貌から、周りからも良くされ可愛がられていた。平凡なルシアスはそんな妹を誇らしげに思い、彼もまたリィゼルを可愛がり、ずっと守り続けた。
だが、そんな幸せな日々も長くは続かず、ある日、双子の父親が出掛けたきり、行方知らずになってしまった。母親は双子を守る決意をし、父親が残した貯金で、食べるのに困らない程度の生活を維持し続けた。
けれど、父親はいつまで経っても、帰っては来なかった。ついに、母親が朝から晩まで働きに出るようになった。……ルシアスはある時、知ってしまった。母親が真夜中にも出掛け――働きに出ていることを。何があっても、妹だけは守り抜こう。ルシアスはそう決心した。
その頃から、少し食べることが難しくなった。ルシアスは自分の食事を妹に分け与え、時折妹のために、少しだけ稼ぎにも出掛けた。見る見るうちに、ルシアスはやせ細って来たが、リィゼルの美貌を維持することができた。ルシアスはとても満足だった。
だが、その行動が裏目に出る出来事が起きてしまった。ある日、母親が真夜中に誰かと話しているのを、ルシアスは偶然耳にしたのだ。――ルシアスを、親戚のところへ養子に出す。その代わり、少し金を貰えることになった。……信じられない、とルシアスは思った。リィゼルと離れるなんて、あり得ない。けれど、少し考え直して、それで妹のためになるのなら仕方ないとも思えた。だが、問題はそこからだった。――それと、リィゼルは××日、売りに出す。あの美貌だ、きっと高く売れるだろう。
……あり得ない、アリエナイ!! ルシアスは呆気に取られた。そして、今まで自分がして来たことをも呪った。同時に、母親に嫌悪感を抱いた。子供よりも自分を守るとは。それからというものの、ルシアスは母親からも妹を守る決意をした。
いつ母親が「そのこと」を打ち明けるのか、ルシアスは知らないふりをしつつ、警戒しながら毎日を過ごすことになった。そして、今まではリィゼルのためだったが、いざという時のために、稼ぎに出掛けた。そんな日々がしばらく続いたが、母親はただ時折ばつの悪そうな視線を双子に向けるだけで、切り出す素振りすら見せなかった。
ようやく謝罪の言葉を口にしたのが、その日――双子を出す当日の前日だったのだ。
*
ふと気が付くと、夜が更けていた。母親は戻って来る様子がない。……時間を喰ってしまった。ルシアスはリィゼルの手を引いて、自室へと戻る。そして、彼女をベッドに座らせ、クローゼットの中から大きなカバンを引っ張り出した。これもいざという時のために用意していたものだ。その中から、食べ物を少し出し、ルシアスは彼女に渡した。
「……ねぇ、シア」
リィゼルが呼びかける。彼女はルシアスのことを時々そう呼ぶ。ルシアスもまた、彼女のことをリゼと呼んでいた。食べるように促してから、ルシアスは「何だい?」と応える。
「私たち、離ればなれになってしまうの?」
リィゼルは「そのこと」を知らない。知る必要もないと、ルシアスは決して彼女に話すことはなかった。しかし、何かを察したのだろう、そう問い掛けている。少し迷って、ルシアスはうなずいてみせた。
「……そうだよ、リゼ」「無理。 耐えられない! ルシアスと離れるなんて絶対イヤ!!」
間髪入れずに、リィゼルが頭を何度も振って拒絶する。慌てて、ルシアスは彼女の手を握って、なだめるように抱き寄せた。
「分かってる、僕もリィゼルと離れるなんて絶対できない。 そのために、今日まで準備してきたんだ。 近頃、食べ物が減っていただろう? ごめんよ、だけど遠くへ行くにはそうするしかなかったんだ」
「……遠くへ行く? どこに?」
「リゼと一緒にいられるところ。 場所はどこだっていいじゃないか。 本当は今すぐ行きたいところだけど、今は駄目だ、
ルシアスは早口にそう言って、リィゼルをそのままベッドに横たわらせた。そして、少し不安な表情をしていた彼女の頬を優しく撫でる。しばらくそうしていると、彼女が目を閉じ、寝息をたて始めた。
リィゼルが眠ったのを確認して、ルシアスはカバンから錠剤を取り出す。それを手にして、台所に向かい、牛乳を温め容器に入れた。少しためらって、これも準備してあった錠剤を半分に割ってその中に混ぜる。――睡眠薬だった。
一つ息をついて、ルシアスはその牛乳を母親の部屋へと運んだ。扉を数回叩いて応答を待ったが、返事はなかったので扉をそっと開けた。母親はベッドに顔を伏せて、まだ泣いている。
「母さん」
ルシアスが声を掛けると、母親は肩を大きく震わせ顔を上げた。顔を拭い、母親が「ルシアス」と無理やり笑顔を作って応える。ルシアスも口元を緩ませながら、手元の牛乳を母親に差し出す。
「これでも飲んで。 ……きっと気分が楽になると思うんだ」
「ありがとう、ルシアス。 あなたは優しいのね」
疑いもせず、その牛乳を一口飲んでみせ、母親がそう礼を言った。……それを見たルシアスは一層口元を緩ませる。
「ごめんね、本当は話したいことがあるんだけど……。 もう少し気持ちを整理したら、きっと話すから、部屋に戻って待っててくれる?」
うなずいて、ルシアスは扉の前に立つ。少し振り返って、母親が牛乳を飲んでいるのを確認してから、扉を開けた。
「じゃあ、待ってるから」
そう言って、今度は振り向かずに、ルシアスは母親の部屋を後にしたのだった。
……必ず、逃げのびてみせる。
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