Star Light train 〜whereabouts of the stars〜

紡生 奏音

0.first station・start


 ――――沈んでいく。底のない暗闇に、ただただ、沈んでいく。


 暗闇の中、一瞬、激しい「赤」が通り過ぎ、左側上部に何か違和感を覚えた。遠くの方では何か叫び声が上がり、やけにそれが耳に残った。それらが、暗闇を彷徨っていた〝彼〟の意識を取り戻させる。

 目を開いた――つもりだったが、変わらず暗闇が続いたので、みえているのかみえていないのか、わからなかった。ただ、何か……左にやはり違和感がある。ひとまず、〝彼〟はあたりをみまわした。

 すると、暗闇の中でひとつ、ひかりがうまれる。思わず、〝彼〟はそのひかりをつかもうとする。その瞬間まるで反応するかのように、ひかりが強く瞬いた。

 ひかりが消えると、〝彼〟は自分が光でかたどられた大きな両開きの扉の前にいることに気が付く。暗闇は相変わらず続いていたが、まわりのものを認識ができることをしり、自分の姿を確認する。……透けていた、まるでこのまま暗闇にとけてしまいそうなくらいに。そして、違和感の正体――左の〝眼〟がみえていないことにも気がつく。「赤」が何だったのか探っていると、ひらりと髪がなびいて、それをみた〝彼〟は息を呑んだ。元は別の色だったが、まるで燃えるような赤毛に変わっている。

〝気が付きましたか?〟

 一体どういうことなのか考えていると、扉の側から声――といっても、実際は頭の中に響いている感覚だ――がきこえた。そちらに目をやると、白い布を全身にまとった「者」がいた。唯一みえている口元に優しく微笑みを浮かべ、〝彼〟を見ている。――女性、だろうか。

 何か、その「者」から、先程のひかりと同じような、不思議なものを感じた。神々しさ、というべきだろうか。みつめ返していると、〝彼〟は圧倒されるような気持ちになっていた。……ひょっとすると、神、だろうか? そんな存在に会える機会なんてそうそうない。 そして、自分は透明で――まるで幽霊のようで――。

〝――えぇ、そうです、あなたは残念ながら、死んでしまったの。 けれど、これから、あなたは転生をするのですよ。 ……自己紹介が遅れましたね、そう、私は神――転生を司る神です〟

 〝彼〟の考えていることを読み取り、不安にさせてないためだろうか、努めて優しく、その「者」――神はそう〝彼〟に語りかける。

 それをきいて、〝彼〟は頭がくらりとした――気がした、感覚はないけれど。実感はないが、本当に死んでしまったらしい。でも、どうして――――? 疑問に思い考えてみるが、何も思い出せず、先程暗闇の中で感じた違和感がちらつくだけだった。それに、なぜだか変わった姿のことが気にかかる。ひょっとすると、この姿は――――。

〝――ごめんなさい、御使いが遅れてしまって、随分と「現れて」しまったわ。 もうしばらく辛抱して下さいね、転生すれば何も心配いらないから〟

 〝彼〟が考えるのを遮るように、神が慌てたように語りかけ、光の扉を指し示す。先程よりも光り輝いている扉に、思わず〝彼〟は見とれ、独りでに開いた扉の前へ、無意識に――まるで何かに取り憑かれたかのように進み出る。

 扉の向こうは何もなく、ただ白い空間が続いている。そちらへいこうと、〝彼〟が扉をくぐろうとした瞬間、違和感がまたちらついて、耳に残ったあの叫び声が今度は頭の中で大きく響いた。――できない。そう強く感じて、〝彼〟は足を止め、頭を何度も横に振る。

〝……なぜ?〟

 神にそう問われたが、それは“彼”自身にもわからなかった。ただ、何か……胸につまるモノがある。「それ」が、〝彼〟が転生するのを決して許さないのだ。

 戸惑いながら、「それ」が何なのか考えていると、また、違和感と叫び声が〝彼〟を襲った。……感じないはずなのに、頭と胸が激しく傷んだ。思わずその場にうずくまった〝彼〟に、突然、走馬灯のようなものが駆け巡る。


――……赤、黒、赤、黒。赤――火、燃え盛る火。赤の中に、誰か、いる。女性と小さな……男の子、――大切な存在。その他には……男、だ。歪んだ口元、男が笑っている。男の姿が黒くみえた。

――…………。……叫び声、ふたりの叫び声だ。耳をつんざく叫び声。……そこへ、走る、走る。早く、早く! ふたりを、――家族を、助けなければ! 赤が目の前を覆う、熱い、あつい、アツイ。赤、片方は赤、黒、もう片方は黒――見えない。よく、思い出せ、ない……。…………――


〝――ダメ!! 思い出しては駄目!! ここにとどまらなければならなくなる!!〟

 神の制止する叫びに、〝彼〟は意識を取り戻した。頭が、胸が、痛い。思わず、その場に倒れ込みながら思った。……なぜ、自分が死んだのかわかった気がする。あの光景にいたふたりは、大切な家族だ。きっと、もうあのふたりも――――。

 そうさせたのは、誰だ。そう考えると、〝彼〟は自身に嫌悪感が湧いた。あのふたりを、「死なせて」しまったのは、自分、だ。正確には、あの、黒くみえた男が直接的な原因だろう。あまりよく思い出せないがそう感じた。けれど、あの男の、黒い、負の感情は間違いなく、〝彼〟に向けられていた。理由は覚えていないが、何か――恨みを買うなどしてしまったのだろう。そのせいで、自分も死に、家族を「死なせて」しまったのだ。……家族に、償いたい。そんな気持ちが、罪のような意識が、〝彼〟の中に芽生えた。

 そして、そんな感情が、〝彼〟が転生することを決して、決して許さなかった。この姿もそうだ。紅蓮のような赤毛――火事で死んだ証、そして、失った片方の〝眼〟は死んだときの名残り。この姿は死んだときを忘れないよう、戒めとして、現れるべくして現れたのかもしれなかった。現に、気がついた時から違和感として残っていたではないか。

〝あれは……あなたのせいではないのですよ。 それ以上思い出すと本当にいけないので、詳しくは話せませんが。 あなたの家族は確かに亡くなっていますが、無事に転生しましたよ〟

 優しく語りかけた神の言葉に、〝彼〟はまた頭を横に振った。……自分のせいではない、たとえ神にそう言われても――いや、誰に何を言われても受け入れることができなかったのだ。このまま、この感情と共に、自分はどうなってもいいとさえ思っていた。

〝そう……、「今」は納得できないのですね。 ですが、転生を司る神として、あなたをこのまま放っておく訳にもいかないのです。 ですから、一つ、「選択肢」を与えます。 さあ、立ち上がりなさい〟

 言われるがまま、〝彼〟は立ち上がり、神が指し示す方面を見やった。そこには、何かに具現化しようとしている、強く、大きな〈光〉が集まっていた。その眩さに、思わず〝彼〟は息を呑んだ。なぜだろうか、その〈光〉を見ていると、何か行く先を導いてくれるような――そんな気がした。

〝「あれ」は死者の魂を運ぶもの。 繰り返し、繰り返し、ひとりでに走るのですが、時おり、迷える「者」をも運んでしまうのです。 誰かに、「あれ」と共にいってほしい、そう思っていたのです。 ……わかりますね? あなたには、どうか、その迷える「者」たちを導いてほしいのです。 そうすれば、あなたにも何か、「答え」が見つかるかもしれません。 では、選びなさい――転生するか、「あれ」と共にいくか〟

 ……転生はしたくない、できればこのまま消えてしまいたい。そう思っているのだが、〝彼〟は少し迷ってもいた。あの〈光〉を見つめていると、確かに自分の中でも何かが変わりそうな気がする。けれど、その〝選択〟を選んでも良いのだろうか? そうすることで、何か償いができるのだろうか? ……〝答え〟を探しても良いのだろうか。

 思わず、神を横目でみると、神は優しく微笑んでうなずいていた。その様子には迷いがない。何だか負けたような気がして、〝彼〟は思わず目を閉じ苦笑する。

 まだ、ためらいはあった。けれど、覚悟は決まっている。少し経って〝彼〟は目を開け、神が提示した〝選択〟のひとつを選び取った。

 そして――――。





 ――〝The train〟 starts running……――






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