それでも進む
今日分の仕事が終わったので、まったりしながらスマホの通知を見ると、
『夕方空いてますか?』
の一文があった。
――って結構前じゃん!
すぐさま返信をする。
『たった今撮影が終わったから、いつでも呼んでね!』
三十分ほどはまったりしてた気もするけれど、暇だと思われたら嫌なので浅ましく見栄を張る。
秒で既読が付いた。
ふふっ、暇なのはサザンカちゃんだったりしてね。
『ありがとうございます。話したいことがあります。こちらのカフェに来ることはできますか』
『もちろん! サザンカちゃんに呼ばれて行けないところはないから!』
サザンカちゃんのためなら貞子のようなフットワークをみせる私である。
で、いわれて来てみたカフェである。
見回してみると、既に待っていたサザンカちゃんがクリームソーダをちゅーちゅーしていた。
私が来たことを伝えようとすると、ふと知っている声がすることに気づいた。
驚いたことに、声の主は私がこの間LINEをブロックした彰介くんだ。そんな彰介くんと談笑しているのは、知らない男性だ。服装の着こなしからセンスを感じないので、モデル的にはアウトかな……。
というわけで、サザンカちゃんを連れて撤退することも視野に入れ、ひっそりとサザンカちゃんのもとへ向かう。
にしてもサザンカちゃん、ずっとストロー咥えてるけど、目もぼんやりしているし、大丈夫かな?
と思いつつ、近づいたら、
「ふああ……」
かわいい欠伸をしているところに声を掛ける。
「あれ、サザンカちゃん寝不足?」
「わっ、きゃっ!」
ちょっぴり悲鳴が出て、近くの席の視線を集めてしまう。
私がすみませんすみませんと頭を下げると、サザンカちゃんは恥ずかしそうに赤面して、
「び、びっくりさせないでください」
「ごめんごめん、とりあえず座るね」
席に着いた。
私もオーダーをして、
「ところでさ、サザンカちゃんあそこにいるのって」
サザンカちゃんもそちらを見る。あまり驚くこともなく、
「ああ、あれは遠山彰介と芸能人YouTuberの
教えてくれたサザンカちゃんはぷいと視線を外した。
サザンカちゃんは彰介くんにまったくといって興味ないからなー。
まあ、私もなんだけど。
この間のこともあり、少しだけどんな話をしているのか気になりもしたけれど、客の少ない隅の方で声を潜めて会話をしているので、あまり聞き耳を立てるわけにもいかないか。
「あちらを気になさっているようですが、まさか盗み聞きなんてはしたない真似はしないですよね……」
「しないしない。でもなんか知り合いがいるのは微妙だから場所変えたいかなって」
「莉子お姉さんがそう言うなら」
サザンカちゃんと席を立とうとしたときだ。
「――松本山茶花」
彰介くんがサザンカちゃんの名前を出すから、びくりと席に座り直した私たちである。
「あー、知ってる知ってる。その子がどうかしたか?」
和久さんが尋ねている。
「いや、どうもしねえんだが莉子との恋路の障害になりそうでな。どうにも気に食わないんだ」
「そっか、お前チビは嫌いだとか言ってたな」
「ああ、小生意気なガキも好きじゃない。いい子ちゃんぶっているのが一番気に食わないんだよ。俺の莉子の交友リストにはいらないな」
――え? シラフだよね?
「ちょっと言ってきます!」
カッとなったサザンカちゃんが向かおうとする。
慌てて宥める。
「まあまあサザンカちゃん雑音はスルーして」
「とは言いますけど……」
「ガキのくせにイキりやがって。何が女優だよ。学校の
「……」
席を立ったサザンカちゃんが黙って向かっていく。
今度は私は引き止められなかった。ちょっとヤバいかなと思っていた彰介くんが、かなりヤバかったことがあまりにも衝撃で固まっていたのである。
ややあって、はっとなる。先に行ってしまったサザンカちゃんの後に、私も付いていくことに。
「なんですか、あなたは。遠山のファンの方ならマナーを守ってください。それとも私に用ですか。困るんですよね、急な凸は」
サザンカちゃんはそんな和久さんを無視して、
「遠山さん、あなたは言ってはならないことを言いました」
そう怖い真顔で迫る。
「ああん? お前、誰だっけ? 記憶にないな……、昔の女か?」
彰介くんが、サザンカちゃんをまじまじと見る。
「なわけないだろ、遠山、お前のタイプじゃないし、子供だぞ。(――というか、迂闊に関わるな。キチガイかもしれない)」
最後の方は小声で耳打ちしているのでよく聞こえなかったが、良くないことを言われているのだろう。
そこで彰介くんは私に気づいてしまい、
「って、莉子! おいおい、俺に会いに来てくれたのかよ、嬉しいじゃないか!」
勝手にテンションを上げていく。
「ってことはお前は松本山茶花か? 最近の若い女は皆同じ顔に見えて困る……」
「まったくだ」
「そこ意気投合しないで」
「二人とも失礼ですよ。特に遠山さん、顔を忘れたり私のことを虚仮にして、いったいなにが気に食わないんですか?」
「全部がだよ。お前のせいで俺の莉子が貶されてるんだぞ」
あー、そこに繋がるわけね。
「彰介くん、それ、私の自業自得だからいいんだよ。もうやめよう。喧嘩してて万が一、誰かの目や耳に入ったら……」
するとサザンカちゃん、彰介くんに怒りの矛先を向ける。
「私が納得できません。だってこの人私のこと貧乳って言ったんですよ。悪かったって土下座してるところを撮らせてくれるまで溜飲が下がりません」
それからも女の敵、社会的抹殺も視野に、等と続いている。
サザンカちゃん言われたことをめっちゃ気にしてるのね。
てか、
「あんたは撮ろうとしない! ボイレコも駄目!」
ヒートアップしていくサザンカちゃんを横目に、私は状況を記録に収めようとしている和久さんを止める。
「和久さんもですよ。二人して、チビとかガキとかいい歳した大人が浅ましいですよ、恥を知ってください」
「ねー。何歳も下の女の子を悪く言うなんて最低だよね」
私はもちろんサザンカちゃんの味方だ。
すると、
「粋がるなよ、底辺YouTuberが! 僕はこの十倍は登録者がいるんだ」
スマホを見ていた和久さんが私に画面を突きつけて言ってきた。
でも別に、そんなに気にしていないから言わせておく。
そしたら彰介くんが、
「というか莉子! LINEブロックするな!」
なんていうから、文句を言う。
「確認したのね、でもその節は彰介くんが全面的に悪いからね!」
ややあって店員さんたちが駆け付けるまで、私たちは、ずっと口論をしていた。結局、彰介くんのLINEはブロックしたままだ。
とりあえず、サザンカちゃんに対して、二人から誠心誠意? 謝罪はしてもらったので、二人の差別的な発言を今回だけは見逃すことにした。
雰囲気的に気まずいので早々に立ち去りたかったが、
「言い争っていたら、喉が渇いたよ」
「メロンソーダ残ってる分あげますので飲んじゃってください」
「ありがとー」
とお礼を言い、ストローを咥えて、ちゅーと飲み干した。
「咥える必要ありましたか……?」
なかったけど、サザンカちゃんのそういう反応を引き出せて満足できた。
そうして、店を出ることに。
すると、
「松本山茶花と遠山って前から不仲説あったんだけど、本当だったか」
「他人事みたいに言うなよ……。まったく酷い目にあった」
私たちが去り際、二人はそんな会話をしていた。
まったく大人げないわね……。
外に出て、
「物凄く腹が立ちますが、遠山とおまけの土下座の写真が手に入ったのはよかったです」
気持ちはわかるけど、年上の土下座写真で喜ぶのってどうなんだろう……。
変な趣味に目覚めないことを祈ることにする。
「思わず熱くなってしまいました……。まだまだ私も子供なんですね……」
サザンカちゃんがしょんぼりしている。
「子供でいいんだよ」って頭を撫でてあげる。
というか、あっちも大人じゃなかったからね。
「くすぐったいですよ……」
このまま二人だけの幸せ空間を続けていたかったけれど、誰が通るかもわからない道中である。
名残惜しいけれどこの辺で。
「ところでサザンカちゃん話ってなに?」
変な人たちがいたから横道に逸れた流れを、いい加減軌道修正する。
「そうでした」
というわけで、ようやく本題に入る。
「詳細を詰めようと思ってたんですよ」
「なんの?」
「恋人っていう設定のです。昨日はそのあたりが有耶無耶のままでしたので」
「そういえばそうね」
「まずちゅーはノーです」
そりゃそうだよね。サザンカちゃんにとってこれは演技向上のための道程でしかないのだから。
私が若干凹んでいると、
「莉子お姉さん、なんでガッカリしているんですか? はっ、まさかキス魔!?」
あらぬ誤解を受けてしまった。
「そんなことないから、唇抑えて距離取るのやめて」
あまり信用されていないみたいで少しだけショックを受ける。そりゃあ、出来ることならキスしたいよ。したいけどさ……、サザンカちゃんを大事に思ってる私が、無理やりなんてするわけない……と思う。
「……だって莉子お姉さんってエッチですもん。昨日とか弱味を握って、今履いているパンツの色教えてくれって」
信用の失墜は、私の言動が原因だった!
「それは冗談で……って! それ言ったらサザンカちゃんだって、昨夜自分から色とか言ってきたじゃん! 特定しちゃったんだから!」
「そ、それは莉子お姉さんが聞くからでしょう! だから気になって夜も眠れなかったら悪いなって! 決して他意はありませんから!」
「そうやって強調されると怪しいー! サザンカちゃんったら教えて興奮しちゃってたんじゃないのー!?」
図星だったみたいで、サザンカちゃんが押し黙って俯いてしまう。さっき辺りから顔も真っ赤っ赤だ。
「おやおやー、顔が赤いよ。果たしてエッチなのはどっちなんだろうねー?」
ここぞとばかりに煽ると、
「そりゃしましたよ! 興奮してなにが悪いんですか!? 私たち恋人でしょう! おかげで夜も眠れなかったんだから、責任取ってください!」
おおう。
思った以上の反応を引き出せて逆に戸惑ってしまう私は、意外とチキンなのかもしれない。
「あー、うん落ち着こう。なんか段々とおかしな方向いっちゃってるから」
「あ、い、今のは冗談ですから! お布団の中で悶々とかしてませんから!」
「わかったから落ち着いて!」
サザンカちゃんがかなり暴走気味でどんどん墓穴を掘っていくから、こっちまで恥ずかしくなってきた。
どうにか落ち着かせて、話を整理することに。
「さっきまでのやり取りは忘れてください……」
恥ずかしそうに言うサザンカちゃん。
私だって恥ずかしいから、
「えーっとどこまで話したっけ……」
「ルールを決めておきましょうってことで、まずちゅーは駄目ってとこまでです」
「うんうん、それで?」
「あとは普通の恋人っぽい行動をすればいいのでは?」
「いや、対外的には百合営業の一貫なんだからあまりガチっぽいことは……」
「パンツのこと訊いておいて今更ですか……」
訊くといえば、これだけは訊いておかなければいけない。
「ねえ、サザンカちゃんは私のことどう思ってるの?」
「年上の気のいいお姉さんだと思ってますよ」
それだけじゃないよね。私は勘づいていた。今のは自分の内にある気持ちを取り繕う演技もあったのだと。
サザンカちゃんは表面的な言葉で誤魔化そうとしている。
莉子お姉さんは全てを見通すような目でこちらを見ていた。
そんな目で見られたら隠し通せる自信はない。それにもとより隠し通すつもりはなかった。この事は、遅かれ早かれ知ってもらうことになる。
だから今ここに、正直に白状してしまうことにした。
どうしてかはわからないけれど、私は莉子お姉さんと誠実に向き合いたいから。
しばらく沈黙していたサザンカちゃんが私を見た。
その眼差しは真剣そのもので、
「いえ……付き合っておいてこれは誠実ではありませんね。実は私、莉子お姉さんに憧れていたんです」
「え? どこに?」
全然心当たりがなくてきょとんとする。
「モデルとして雑誌に載る莉子お姉さんにですよ。それが私が今もこうして山茶花やれているということに繋がってもいるのかなって」
まったくもって知らなかった。
そういう憧憬の眼差しで見られていたことに、今まで微塵も気づかなかったことに、自分のことながら呆れてしまう。
そういえば、サザンカちゃんとの初顔合わせのとき、私のことを既に知っている感じがした。そりゃあ事前に共演者のことを調べていてもおかしくはないけれど。加えて、私の雑誌インタビューのことまで詳しかったということがあった。
それに少し引っ掛かかりを覚えていたけれど、今氷解した。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
鈍いにもほどがあるぞ、私。
サザンカちゃんがやたら私を意識し、懐いてきたこともこれでしっくりしてきまう。
私がサザンカちゃんの憧れの人かぁ……。
「そうだったんだ……」
優越感に満たされた私は、呆然自失と呟いた。
そしたら、
「私は言いましたよ。莉子お姉さんも教えてください」
うっ……。
サザンカちゃんは、単に訊いてきただけだろう。
だからって……ねえ……。
私は、これ以上なくまずい状況に陥ってしまったことを自覚する。
こんなことならば先に訊かなければよかった、という後悔すらも湧いてくる。
黙秘したいけど、この流れで無理です。とはいえない。
付き合っておいて、サザンカちゃんにこのまま嘘を付きき続けるというのも苦しかった。
なにより誠実であったサザンカちゃんに対して不誠実な態度で向き合うのは大人としてどうなんだ、という思いがある。
ならどうする。……どうする。
サザンカちゃんが理解してくれるって確証もない段階で打ち明けるのは怖い。
だから、
――やっぱり、言えない。
サザンカちゃんとこんなに早くこの間の焼き直しみたいな会話になるなんて思わなかった。彰介くんと鉢合わせてしまったことといい、現実はどこまでも予測がつかない。そもそも、私が同性愛者だということを隠すというリスクは、この状況下で百も承知のことでなくてはならないのだ。だから、ことあるごとに罪悪感でいっぱいになっている場合ではない。サザンカちゃんの誠実さに、いちいち揺さぶれていたら、今は恋人(という設定)であるサザンカちゃんにだって伝播してしまうかもしれない。だから今は湧き出ようとする良心を切り離すしかないのだ。私もそういう風に演じなくてはならない。大根役者と謗られた私に務まるかしら。
気づけばそんなことを考えていて、自覚する。
私はどうしようもなく卑怯だった。
勇気のない私はサザンカちゃんを欺き続ける。
たとえ、このことで自己嫌悪することになったとしても。
「やっぱり教えてくれないんですね……」
ずっと私が黙っているから、サザンカちゃんも俯いてしまう。暗い顔をさせてしまうことは本意ではなかった。
「……幻滅した?」
「いいえ、私にも言えてないことがあるので」
秘密はお互い様だと言ってくれるサザンカちゃんに、途方もない罪悪感を抱く私は、サザンカちゃんのことは好きだよ、とか表面的でいて実感のこもっていない薄っぺらい言葉を吐くなんて絶対にできなかった。
私の好きは恋愛感情なのだから。
サザンカちゃんはそんな私を見て、言った。
「それでもいいです。いつかのときがあるならば」
そう言って、手を繋いでくれる。
サザンカちゃんが傍にいる、それだけが救いだった。
私のヒロインを演じてくれませんか アサギリスタレ @asagirisutare
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