決意をあらたに

『姉ちゃん、これ見てくれ』


 朝一番に理希りき(弟)からLINEが来た。文末には何処かのWebサイトのURLが貼られていた。


『いや、見ろって言われてもURLは困るから……』


 それから理希に詳しく話を訊くと、みすみす放っておけない事態であると認識した。

 私とサザンカちゃんが懇意にしていることにより、ネットの暗部で色々言われているようだった。

 私に対する執拗なまでの誹謗中傷の数々に弟もカッとなっているらしい。

 気持ちはわからなくもない。散々な評価の例のドラマ以来、私のアンチが増えてきているから、腹が立ってしょうがないのだろう。

 しかも今回の中傷もサザンカちゃんが密接に関わってくる。

 遠山彰介に利用価値がないと見限った本庄莉子は、松本山茶花に目を付け、人気と知名度を悪用し、自らのファンを増やそうと卑劣な策を講じている。

 悪意で包まれた言葉を解読すると、そういう感じだ。

 弟にはこれ以上この件に触れないように言っておく、私のことを心配してくれているのはありがたいが、誹謗中傷にかかずらっていたら精神が磨耗するだけだ。

 まったく心配性なんだから……。

 気分を切り替えるために、テレビを付けると、公開された映画のサザンカちゃんの舞台挨拶の模様が流れていた。

 昨日の様子だった。

 ディナー前にこんなお仕事をこなしていたとは……恐ろしい子。

 私も今日は撮影がある。

 その時に、この件への対策を講じてもらうために、マネージャーに伝えることにした。

 なんとなく、サザンカちゃんと話がしたくなった。

 サザンカちゃんも、SNSが更新されているので起きているだろう。

 迷惑かなとは思いつつも電話を掛けた。すぐに繋がる。


『サザンカちゃん、おはよう』


『おはようございます。本庄さん。何か用事でも?』


『いや、私たちも今や恋人なんだから朝の挨拶をと思ってね』


『なるほど……勉強になります』


『なんだそれ。じゃっ、切るね』


 もっと声を聴きたかったけれど引き際が肝心だ。サザンカちゃんの生活の負担になり嫌われるのは、絶対に嫌な憶病な私である。


『はい』


 サザンカちゃんも特に食い下がることなく電話が切れる。

 もうちょっと、名残惜しそうにしてほしかったな……。

 そんなことを気にする私は面倒くさかった。

 面倒くさいついでに、どうでもいいことかもしれないけれど、寝起きの声じゃなかったのにがっかりした。今日一番の不幸だ。まだ今日は始まったばかりだけど。

 そんなこんなでお仕事のお時間である。

 切り替えていかなきゃね。

 サザンカちゃんと付き合ってるからといって、モデルのお仕事に身が入らないなんてマネージャーにブチギレられてしまう。




 一応、弟が言っていたことをマネージャーに相談する。

 確認したマネージャーは私に対する謗りの数々に渋面を浮かべた。こんなことは今まであまり無かったので、苦慮するのも当然かもしれない。


「困ったわね……。ここまであなたのアンチが増えたのは、注目度が上がった弊害とも言えるわ。うちの事務所と懇意にしているネットに強い弁護士に相談しておくから安心しなさい」


「えぇ……、事務所総出でやりましょうよ!」


 傍で聞いていた女性スタッフが燃え上がる。マネージャーが「まあ、落ち着きなさい」と鎮火させた。

 すると突然、


「ところで、サザンカちゃんとはどうなったの?」


 マネージャーが尋ねてきた。ちょっと怒っている感じがする。

 なんでだ。と思い、すぐに思い至る。

 あちゃー、そういえば報告してなかった。昨日は付き合えたからと浮かれすぎたか、と反省しつつ、正直に返すことに、


「まあなんとか、進展しましたよ」


『ええ!?』


 話を盗み聞いていたスタッフ数人を加えた――一同がおったまげる。

 恋ばなは大好物です! とばかりに、女性たちが群がってくる。

 対して、居づらいのか男性たちは離席してしまった。なんかごめんね。

 そして女性スタッフたちに詰め寄られた私は、サザンカちゃんとのことを言うか迷ったけど、隠していてもいずればれるので、先行してばらしてしまうことに。


「えーっとですね。まあ百合営業の一環なんですが、サザンカちゃんと恋人的な関係になりました」


 照れながら言うと、


『おめでとうございます!』


 そして拍手が送られる。

 素直な祝福の言葉に嬉しくなった。


「どういう経緯でそうなったんですか! とても気になります!」


 皆の総意で説明を求められていたので、経緯を説明する。

 といっても二人だけの秘密にしておきたい部分も多いので、概要だけだ。

 全てを聞き終えて、


「うーん。サザンカちゃんとしては演技の一環か……。しかし、本気も窺えるような……」


 冷静な分析をするマネージャーに対して、


「そこからどう攻略していくかがミソですね!」


「もうそれって向こうに気があるってことじゃないの!? えっ、えっ!」


 囃し立てる女性スタッフたち。しまいには『尊い!』なんて拝まれてしまった。

 そうやって百合として扱われることは、茶化されている気がして居心地が悪かった。

 盛り上がっているところ悪いけれど、私は本気なんだよ。

 気を利かせたマネージャーが退散を促し、その場は一旦落ち着いた。

 けれど、私はどうにも釈然としなかった。

 こういうところで皆との違いを認識してしまう。

 これが同性愛者の抱く、周囲との温度差というやつなのだろう。

 今まで私は自分が同性愛者だということを認めてこなかった。

 でもあのとき――、ドラマの撮影でサザンカちゃんに言われたのだ。


「本庄さん、あなたにヒロインは似合いませんね。当てはめる妄想力が足りませんもの」


 って、私が「思うことを率直に言って」と言ったらこれよ。

 サザンカちゃんって自分の仕事のこととなると、意外と辛辣なところあるわよね。

 しかもその直後、壁にドンってされて、


「それでもあなたはヒロインなんです。逃げられませんし、私が逃がしませんよ」


 見上げられているのに、まさしく向かい合っているような迫力があった。

 彼女が紡ぐ言葉は、身長差を飛び越して私に届いてきたのだ。


「私が主人公だったら、あなたをヒロインへと導いて差し上げられたのに」


 サザンカちゃんそれらの言葉が私の妄想を掻き立ててしまったのがよくなかった。

 彰介君じゃなくて、サザンカちゃんが主人公を演じてくれたらどうなったのだろう。

 そう考えてしまったのが、すべての始まりだ。

 撮影が終わっていないのも、大きく影響した。

 もし、彰介君の演じる主人公役がサザンカちゃんだったら、という妄想が、サザンカちゃんが私の演じているヒロイン役だったら、そして私が主人公役だったら、と変化しながらも、どんどん膨らんでいった。

 するといつの間にか、私の脳内で、サザンカちゃんが私のヒロインに置き換わっていて、こっちはすごく失礼な話だけれど、彰介君の事なんてこれぽっちも意識できなくなってしまっていた。

 結果、ドラマは大失敗。サザンカちゃんが出ているにも関わらず、ほとんど語られない作品になってしまった。


「サザンカちゃん、ごめんね、私のせいで」


「いいえ、あまり気落ちしないでください」


「そんなこと言われても、彰介君やサザンカちゃんの土俵で半端な仕事をしたから謝りたいの」


「気にするなよ、莉子、俺たちはこうして出会えたじゃないか。しかも恋人役なんてこれ以上ない幸運だ。まさかキスシーンがないのが残念だったが、それも俺たちのこれからのために取って置かれたのだと思えば素晴らしいことじゃないか。天が俺らの恋路を応援してくれるんだよ」


「彰介君? もうドラマ終わったから役の演技はおしまいにしなよ」


「なあ、莉子、これって運命だと思わないか」


「えっと、彰介君、ごめん。今、サザンカちゃんとお話してるの」


「遠山さん、嫌われたくないならその辺でやめたほうがいいですよ」


「あ、ああ」


 サザンカちゃんが険を帯びた言い方をすると、彰介君がおずおずと引っ込む。


「こんなことなら最初から引き受けなければよかった。ヒロインの役なんてできないってことは分かっていたのに」


「そんなこと言わないでください。せっかく一緒に仕事ができたのですから」


「そうなんだけど、失敗を招いちゃったし……」


「だとしても不運が重なってしまった結果です。本庄さんだって極端な失敗はしていないでしょう。皆で作り上げていく以上、連帯責任なんです。責任を取ろうだとか考えないでください。それに誰も本庄さんが悪いだなんて言ってないじゃないですか」


 散々な結果ではあったけれど、サザンカちゃんは私を責めたりはしなかった。

 でも本心では思うところくらいはあったのだろう。それを出さないところが本当にいい子だと思う。

 でもだからこそ不安に思う。ため込みすぎなんじゃないかって。

 ドラマでの撮影では支えてもらってばかりいた。

 感情を抑制しがちなサザンカちゃんの拠り所となりたい。

 その一心で、これまであの手この手でお姉さんアピールをしてきた。

 その甲斐もあってか、サザンカちゃんも、私のことをお姉さんなのだと認識してくれた。

 けど、それだけじゃあ、足りない。

 私はもっともっとお姉さんぶりたいのだ。

 それが私のヒロインに対する私のポジションだ。

 そんな折、マネージャーがサザンカちゃんサイドの了承を得て、いよいよ恋人宣言をしたのだった。

 もう後には引けない。もちろん、引くつもりもない。

 私はサザンカちゃんを絶対に射止めければならないと、決意をあらたにした。

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