初めまして、お義姉さん

「美味しかったねー」


 私は『あーん』なんてどうってこともなかったように言う。すると、思った以上に棒な声が出た。パフェを作ってくれた店員さんには申し訳ないけど、正直なところ味わうどころじゃなかったのである。内心では、サザンカちゃんとディープキスでもしたかのような気分に陥っていたから。

 だって、唾液と唾液も交換したも同然じゃん、こんなの! 唾液の味なんて、よくわかんなかったけど!


「は、はい……」


 そう答えて、そのまま俯いてしまうサザンカちゃん。赤らんだ可愛いお顔が見えずらくなってしまう。


「はぅ……」


 吹き出しそうになった。急に可愛い声を出さないでほしい。

 ともあれ、そのままじぃーっと眺めてたら、『大胆なことをしてしまいました……』って気持ちが伝わった。表現力あるなぁ、役者って凄い。

 そんなサザンカちゃんに話し掛ける。


「え、えっと……。『あーん』しちゃったわけだけど……、平気だった……?」


「何が、ですか?」


 全然、とぼけれてないよ!

 頬を赤らめて口元に指を添えるのやめて!


「何ってその、間接キス……」


 私がおずおずと言うと、サザンカちゃんは、すんとなり、


「あっ、私、潔癖とかじゃないので大丈夫ですよ」


 けろっと答える。そっちじゃないんだよ……、天然か?


「そうじゃなくて……」


 わかってるでしょ。って目で伝える。

 サザンカちゃんがきゅっと身を竦めた。

 あたふたといった様子で口を開く。

 段々と化けの皮が剥がれてきたぞ……。


「お、お、女の子同士で気にすることあります?」


「声、震えてるよ?」


 それに、めっちゃ気にしてるの顔に出てるけどね!

 サザンカちゃんったら、澄ました顔と声、作ってるつもりなのかしら?

 私はスプーンを手に取り、ゆらめかせながら、


「同性相手なのに、そんなに気にするなんて……」


 ちらっと見て、


「もー、やらしなー、サザンカちゃんは」


 自分のことを棚にあげていて、しらじらしいことこの上ないけれど、サザンカちゃんをからかう今の私は役者だった。


「しかし私たちはこのスプーンをちゅぱちゅぱしあったってことかー。とーってもインモラルだねぇ?」


 流し目を送る。

 すると、サザンカちゃん、「わわわわわわわ」目を回してしまった。

 やりすぎてしまったようだ……。

 でもとってもいい収穫があった。サザンカちゃんの急所は『あーん』だ。




 そんなこんなで夜パフェを心ゆくまで楽しんだ私たち。

 店を出て、


「さて、帰ろうか。駅だよね?」


「はい、普通に電車です。タクシー代も馬鹿にならないですしね」


「実は私もなんだ」


「莉子お姉さんはバイク乗りと記憶していましたが?」


「それ勘違い。私はバイセコー乗り、バイクなんて乗れないよ」


「ややこしいです」


 苦笑されてしまった。


「折角だし、手繋がない?」


「流石にそれは恥ずかしいです……」


 とか言って、袖掴むのは恥ずかしくないのかな? 結構近いけど……。

 そんなこんなで歩き始めると、しばらくして、


「なんか今日は散々です……」


 疲れた様子で深いため息をつくサザンカちゃん。


「そう? 私は楽しかったけどね」


 そもそも、好きな人との時間が楽しくないわけがない。

 やがて新宿駅に到着した。


「では、ここで」


 サザンカちゃんは一人で帰ろうとする。ゆったりと。優雅に。

 待て待てぃ!

 と慌てて、その肩を掴んで引き留める。

 私の思考は、振り向いたサザンカちゃんを放置プレイして加速する。

 危険だ。夜に女の子が一人で帰るなんて。

 当然の事だけど、みすみす見逃すわけがない。

 特にサザンカちゃんみたいな美少女、老若男女誰もが放っておかないだろうと私は思う。

 ただでさえ、芸能人なのに。ルックスが拍車をかける。

 好きだからバイアスがかかっているのかも知れないけど。

 とにかく変態の魔の手からお姉さんが守らねば。

 という決意のもと、


「家まで送っていくよ。危ないし」


 私が気を回すと、サザンカちゃんは申し訳なさそうにお辞儀した。


「彼女設定に免じて、お言葉に甘えさせてもらいます」


 すぐに呑んだのは、やっぱり一人で帰るのは寂しかったらしい。

 気丈に振る舞ってはいるけど、それがポーズなのはバレバレなんだよね……。

 私にそう振らせるために、わざと素っ気なく帰ろうとしたのだろう。思えば、牛歩みたいにやけにゆっくり歩み出していた。

 確かに、楽しいディナーからひとりぼっちの帰り道って相当の落差があるからね。

 電灯があるとはいえ、夜の暗がりが怖いというのも、後押ししているのだろうと重ねて推察する。

 サザンカちゃんが深刻そうな面持ちになる。


「何か問題でも?」


 住んでいる場所が私にバレたら恥ずかしいとかかしら?

 サザンカが満を持して打ち明けたのは、


「私、神奈川なんですけど……」


 わりとしょうもないことだった。別に、そんなの気にしなくていいのに。


「川崎かー」


「なぜ分かるんです?」


 統計って答えそうになって、別にデータとかないよなぁ……って思った。

 どちらかというと利便性が的確な回答だろうけど……、


「フィーリング。カップルだしね」


 からかってみる。


「ちょっと! 人前ですよ。……聞こえたらどうするんですか?」


 慌てて声をあげてしまうサザンカちゃん。

 彼女はやはり存在感があるのか、ただでさえ窺うような視線が時折浴びせられるのに、なおのこと注目を集めてしまい、他の乗客にヘコヘコしてから声を潜めた。


「別にいいじゃん。それともこれからは秘密の関係ってことにしたいの?」


「そういう言い方は……意地悪です」


「ふふふ」


 そんな風に会話を繰り広げながら電車に揺られる。楽しい時間も後少し。




「あっ、この建物です」


 どうやら着いたらしい。

 見上げる、サザンカちゃんの家はマンションだった。


「マンションかー、もしや一人暮らし?」


「まさか。椿つばき姉さんに、多忙であまり帰ってこないけど両親も一緒に住んでいます」


「そうなんだ。私は今は一人暮らしだから、少しいいなって思うよ」


「では――」


 分かれようとするサザンカちゃんに、


「どうせなら部屋まで送っていくよ」


 提案すると、


「お言葉に甘えて……」


 素直でよろしい。

 二人でエレベーターに乗り、部屋のすぐ近くまで来たので、今度こそ別れることに。


「ありがとうございました。では、失礼しますね」


「ううん、こちらこそ。おやすみのLINEするね」


「またそうやって……」


 すると急に、そこの部屋のドアが開いた。


「ありさちゃん、おかえり」


 出てきた女性は、サザンカちゃんにそう微笑み掛ける。

 顔を見たところ、サザンカちゃんの姉である――松本さんじゃ、ここには二人いるから――椿さんだ。彼女からは、どことなくフラットな印象を受けた。しかし、やっぱり実物も美人だなぁ。サザンカちゃんのお姉さんなだけある。

 そして、どうやら彼女は、ありさちゃんのことを迎えに来たらしい。

 ありさちゃんって?

 疑問に思う私。

 一方、


「ただいま、椿姉さん。人前では山茶花さざんかでしょ?」


 なぜか、むっとした表情のサザンカちゃんがそう注意すると、


伊織いおりちゃんじゃなかったんだね」


 そう呟いて、「……ごめん」とサザンカちゃんに謝罪をした椿さんは私の方を見て、「えっとどちら様?」驚いた様子だった。


「……莉子お姉さんです」


 一瞬言葉に詰まったサザンカちゃんは、私との今の関係性を正直に言えず、やむなくそう言わざるを得なかったといった様子だ。


「……お姉さん」


 椿さんは興味深そうにその呼称を復唱した後、再度私の方を見てきて、今度は目を細める。


「あの……」


 サザンカちゃんのおねえさんにじっと見詰められると、緊張するんだけど……!

 すると、「あっ、すいません」謝罪される。

 そして改まって、


「こんばんは、山茶花の姉の椿です」


 挨拶してくれた。

 ならば私も挨拶すべきだろう。


「はじめましてお義姉さん、サザンカちゃんと親しくさせていただいている本庄ほんじょう莉子りこです」


 思い切ってのお義姉さん呼び。


「え、お姉さんですか……?」


 椿さんは、呼ばれ方に違和感があるのか首をかしげる。たぶん、おねえさんに当ててる漢字が私とは違う。


「お義姉さんです」


 私は殊更強調した。


「莉子お姉さん、もう、変なこと言わないでください!」


 サザンカちゃんに突っ込まれてしまう。ばつが悪くなった私は、


「で、伊織さんってどなた?」


「話を逸らさないで……紀村きむら伊織ちゃん、アイドルで、私のお友達です」


 サザンカちゃんが露骨に話を逸らした私に律儀に教えてくれた。


「ああ! さっき言ってた! ヘルシー志向の」


 しかし、サザンカちゃんがその子と余所でいちゃいちゃしてると思うと、モヤる。

 そんな感情は、苦笑するサザンカちゃんによって一旦余所に置かれた。


「あはは……、莉子お姉さんもあんまり変わらないと思いますがね」


 などと言われてしまった。

 けれど、


「私はモデルだからいいの」


 えっへんと胸を張る。


「彼女もアイドルです」


 そう切り返すサザンカちゃんは、したり顔。


「ぐぬぬ」


 なんか一本取られた感がある。

 にしても、


「ありさちゃんって誰?」


 話を巻き戻す。サザンカちゃんがそう呼ばれていたから気になってしょうがない。


「……えーっと」


 私に問われて、困ったように言葉を濁すサザンカちゃん。

 私と椿さんにじーっと見詰められて、


「それはペットの……」


 目を泳がせながら続けようとするサザンカちゃんは、完全に追い詰められた様子で、お茶を濁そうとしているのは明白だった。


「ペットなんているの?」


 私の問い掛けに、椿さんが「……うちにはいないけど」首を振る。正直で助かる。


「ちょっと! 話、合わせてよ!」


 嘘がばれたサザンカちゃんは愕然とした表情をした。

 ……勝負あり。

 と思ったら、まだ諦めていないらしい。


「じゅ、重箱の隅をつつくようなことはやめた方がいいですよ! 好奇心は猫をも殺します!」


 必死な様子のサザンカちゃんは「藪蛇です!」と無理やり締めた。


「……誤魔化したところでもう無駄だと思うよ、ありさちゃん」


 見かねたのか、ため息をついた椿さんが介錯をする。

 すると、


「元はといえば、椿姉さんが油断したからでしょう!」


 かっとなったサザンカちゃんが椿さんに詰め寄る。

 椿さんは、


「そんなに興奮しないで」


 サザンカちゃんを「どうどう」と宥めた。


「もう!」


 サザンカちゃんは、ご立腹でも可愛いな。

 ……じゃなかった。

 今のうちに、情報収集をしよう。


「ちなみにどんな字かしら?」


 こっそり――といってもサザンカちゃん目の前だけど――椿さんに訊く。


「有名の有にお茶の茶と書きます」


有茶ありさか……」


 ……ごくり。

 どうやら山茶花は芸名だったらしい。本名だと思ってたから、わりと衝撃だ。

 住んでいる場所に本名と優越感がすごいことになり、ぶっちゃけると興奮した。これにパンツの情報も合わさったら、ヤバイことになりそうだ。

 ちらっとスカートを見る。

 サザンカちゃんのパンツのことは、あの会話からずっとしこりのように残っていた。

 当のサザンカちゃんはそれどころではないようで、幸い私のエッチな視線には気づかなかった。


「こら、人の個人情報を勝手に!」


 サザンカちゃんが椿さんを咎める。

 すると、


「あのう……」


 お隣さんが出てきてしまった。いい加減騒がしかったのだろう。


「ああ、すみません! もう退散しますから」


 ヘコヘコ謝ると、会釈して引っ込んだ。


「とにかく静かにしようか……」


「はい……」


 サザンカちゃんは、自分が悪かったと思ったのか、すっかり落ち込んだ様子になってしまった。

 私も同罪みたいなものだから、そんな彼女を「まあ私も悪かったし、ごめんね」宥めて「寒いから中入りなよ」と背中を押してやる。


「じゃあ、ごめんだけど、私はそろそろ帰らないとだから、後はお二人で……」


 まるで逃げるかのようで気が引けるが、実際そろそろ帰らないと明日が大変だ。


「ご迷惑をお掛けしました。妹を送ってくださったようで」


 椿さんがそう言う。


「いいえ、別に(サザンカちゃんが)好きでやったことだから、気にしないで」


「何か含みありませんでしたか?」


 サザンカちゃんが鋭い。

 ともあれ私は帰宅することに。


「おやすみなさい」


 をしあって、二人に手を振ってバイバイした。

 あっ、おやすみはLINEだった。

 ……どうでもいっか。二回おやすみしても問題ないだろうし。

 というわけで、電車に乗ってからLINEする。


『姉妹仲がそれなりに良さそうでお姉さん安心しました。』


『まあ、椿姉さんとは上手くやれてますよ』


 サザンカちゃんらしい返答に吹き出しそうになる。


『それは良かった』


『申し訳ないですが、そろそろ私は寝ますね』


 サザンカちゃんはお眠なようだ。


『おやすみなさい』


 と来たので、返そうとする。

 と、そこで、むくむくむくと悪戯心が沸いた。


『じゃあおやすみ、有茶ちゃん』


『――♪』


 電話が掛かってきた。ちょうど駅に着いたところなので、降りて出る。


『やめてください!』


『えー、なんでいいじゃん。』


『よくありません!』


『名前で呼ばれるの恥ずかしいの?』


『悪いですか!』


『悪くないよ』


『まったく、すぐからかってくるんだから……』


『ふふ、おやすみ、サザンカちゃん』


 ちゅっ、と唇で音をたてる。


『……おやすみなさい、莉子お姉さん、……の……』


 ブツっと電話が切れた。

 最後ごにょごにょ言ってたのもしっかり聞き取ってしまい、顔が熱くなる。

 というか、ブランド名まで言わなくていいのに。

 勿論、検索して、――これかな? なんてやっていた。

 ともあれ、


「あー、楽しかった」


 ぽつりと漏らす。それが今日の総括だ。

 サザンカちゃんと擬似的な恋人関係となったこれからは、もっと楽しい日々が待っているだろう。




 一方、ベッドのサザンカちゃんは悶々としていた。

 布団を被るようにし、足をバタつかせる。

 言っちゃった。言っちゃった。言っちゃった。

 いやいや女の子同士だし、気にすることじゃ……なんてどうしても思えない。

 何このとんでもない恥ずかしさ!

 今日履いてたパンツ教えただけなのに!

 それに、さっきの「ちゅっ」って音何!?

 あれは明らかにキス音だった!

 もはや気になって寝られない!

 ただでさえ、莉子お姉さんとの擬似的な恋人関係のことで考えることが一杯でなかなか眠れなかったのに、とどめをさされてしまったような気分に陥る。

 ……明日はきっと寝不足になってしまうだろう。

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