第7話 サークル体験①

「はあ!?」


 驚きのあまり、声を上げてしまった。すると、真由はびくっとする。


「駄目……かな」

「いやいや駄目じゃない。ダメじゃないけど…」

「じゃあ・・・私、入りたい」

「おお、いいんじゃねえか。入りなよ。俺は大歓迎だ」


 俺はすぐサークルのグループチャットに報告しようとする龍田を止めた。


「どうしたんだよ」

「体験もまだだし、決めるには早すぎるよ」

「体験って…うちってそんなのあったっけ」


 言われてみれば、そんなこと聞いたことも、やったこともない。


「とにかく」


 俺は真由に目をやりながら言う。


「真由、サークルって意外と大事だったりするよ。ほら、同じ学部の先輩がいっぱいいると、人気の講義とか過去問とかも分かるし、色々と手伝ってもらえるんだよ」


 すると、真由はバックから先ほどのチラシの束を取り出した。


「目は通して…みたけど………なかった」

「気に入るところ?」


 訊くと、真由は頷いた。


「じゃあ、決まりだな」


 すると、龍田はまたグループに報告しようとしたので、俺はまたそれを止めた。


「まだ何かあるか?」

「せめて結愛に一度聞いてみよう。結愛は俺たちより先にサークル入ってたし、その時はちゃんとした体験があったかもしれないだろう」

「まあ…確かにな」


 そして俺は小首を傾げている真由に向けて話した。


「このままサークルに入ってもらうのはやっぱり腑に落ちないからさ、俺たちの方でサークル体験を考えてみるよ。だから、まずは体験してみてから決めてくれない?そうしたら俺も安心できるからさ」

「…うん」


 真由は納得してくれたようで、チラシの束をもう一度バックに収めた。



「お前な、本当にどうしたんだよ。体験が欲しかったなら、春休みのとき皆と相談すりゃ良かったじゃねえか」


 真由が行き、二人きりになったとき龍田が言った。


「俺も良く分からないよ」

「はあ?お前らしくないな」

「そうかもね…。でもなんか、このまま入会しちゃったら、まずそうな気がして。あんなに人見知りだから、後で他のサークルも入ってみようとか出来ないと思いしさ」


 龍田は顎を触りながら頷いた。


「まあ、それはそうだな。よしっ、じゃあ可愛い真由ちゃんはまずお前に任す。俺は他の可愛い女の子を探す」

「…勧誘の目的、勘違いしてないよな」

「してねえ」


 そう言うと、龍田はすぐ、他の女の子に声を掛けに行った。

 完璧に勘違いしている。





 その日の夕方、俺は部屋に着いてから結愛にメッセージを送る。


【夏樹:相談したいことがあるんだけど…】


 数分立つと、結愛から返事が届いた。


【結愛:夏くんからの相談って、珍しいね】

【夏樹:新歓のことだけどさ、うちってサークル体験ってある?】

【結愛:ないよ?】


 あっけない即答だった。返事に困っていると、結愛から続いてメッセージが届く。


【結愛:ないと困る系?】

【夏樹:まあ、そうだけどね】

【結愛:あ、分かった】

【結愛:女の子のことでしょ】


 メッセージなのに恐ろしい勘の鋭さ。


【夏樹:女の子は女の子だけど、たまたまサークルに入りたいと言ってる子が女の子なだけだよ】

【結愛:へえ】

【夏樹:へえってなんだよ】

【結愛:サークルなんて、何個入ってても問題にならないし、そんなに真面目にならなくてもいいのに】

【夏樹:それは、そうだけど】


 その後、十分以上経つまで結愛からメッセージが来なかった。


 俺は携帯を枕に放り投げ、ベッドにぱたんと倒れた。

 俺は、自分でも真由の入会をなんでここまで気にしているのか分からないまま、ただ真剣になっていた。


 結愛の言うことは正しく、サークルって新歓期間中であればいつだって出られるし、いつだって入れる。そして、気に入るところがあれば何か所にも入会できる。そんな緩い点が、部活とは違うサークルの魅力であった。

 だから、真由にはまずうちに入ってもらって、気に入らなければそのまま幽霊部員になってもらっても何一つ問題にならない。


 やはり真由には体験とかなかった、ということにしておこう。


 そう思いながら俺は放り投げていた携帯を手に取る。そしてちょうどそのとき、携帯のアラームが鳴った。

 それは、結愛からの返事だった。


【結愛:いいよ】

【結愛:後になって、想像と違うサークルだったってがっかりさせるのも悪いし、体験のこと考えてみよう】


 嬉しさに跳ね上がりながら、俺はパパパッと返事を送信する。


【夏樹:ありがとう!!】

【結愛:ただし。他の入会希望者がいても、体験は今回が最後だからね。このサークルスポーツとか音楽みたいに、決まった体験ができるところでもないし】

【夏樹:分かった。ありがとう!】


 その後、俺は真由と結愛にそれぞれメッセージを送りながら、三人共通で空いている時間を確認した。そして早速、二人に明日の昼休みに会うことを伝える。


【夏樹:あ、そういえば】


 話が終わった後、俺は念のためと思いながら真由にメッセージを書く。


【夏樹:あの子、すごく人見知りだから明日は宜しくね】

【結愛:ほおほお】

【夏樹:ほおおほってなんだよ】

【結愛:べーつに~】

【結愛:じゃあ、明日ね!】


 俺は携帯を手にしたまま今日のことを振り返った。

 …結愛は同じ女の子だし、びっくりさせないはずだし、大丈夫だろう。

 一旦、そう信じ込むことにした。





 そして次の日の昼休み。


「…なるほどね」


 図書館一階のカフェで、結愛は自分と目も合わせない真由を見ながらそう言った。

 真由は龍田とのときよりどこかに隠れたりせず、ちゃんとテーブルを挟んで結愛と向き合っていたが、緊張してしまうのは仕方ないようだった。


「あの……あの………」


 真由は緊張しながらも、頑張って何かを話そうとした。そんな真由に、結愛は微笑みを見せた。


「無理して話さなくてもいいよ。人見知りのことは昨日、夏くんから聞いてるから」

「あ、はい…」


 結愛の声は普段より優しく、小さかった。きっと、真由のことを考えてのことだろう。


「話すの難しいならメッセージでもいいし、好きなやり方で話そうね」

「が、頑張って…話してみます……」


 結愛はそんな真由を見てにこっと笑った。


「あたしね、ずっと可愛い後輩が入ってくれないかなーと思ってたの。だから今日真由と出会ってすっごく嬉しい」

「あり、がとう…ございます」

「うちのサークルってね、そもそも人少ないんだけど、今はメインだった3年生の先輩たちが就活でサークル卒業しちゃって、田中さんとあたし、そして夏くんと龍田の四人しか残ってないんだ。だからね、真由ちゃんにも、きっとアットホームな感じでいられるところだと思うわ」


 いつの間にかちゃん付けになっている。

 俺はそんな結愛の親和力に感心しながらコーヒーを啜った。


「でもね、その前に一つ、聞きたいことがあるの」


 結愛が改まって言う。


「真由ちゃんにとって、ってなんなの?」


 それは、俺も去年、田中さんに訊かれた質問だった。いつも遊ぶことばかり考えている田中さんが最初で最後に見せた真剣な姿に戸惑ったことを思い出す。


「青春…ですか」

「そう。入会テストとかではないし、気軽に答えていいよ」


 考え込む真由を、結愛は辛抱強く、笑顔を崩さず待っていた。


「……分からないです」


 真由は息を吸った後、もう一度口を開ける。


「分からないから……探したいです」


 力の入った答えに、結愛は満足げに笑った。


「うん、それでいいよ。探せたらいいね、真由ちゃんの青春」

「…はい……!」


 気付くと、真由は笑っていた。

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人見知りな彼女の、恋の仕方 ねこくま @nekokuma904

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