第6話 サークルと新入生②
入口に着くと、俺はサークル『青春』の立て看板を探した。
そこにはいるべき人はおらず、看板だけがひっそりと立っていた。その寂しくあっけない風景に俺はやれやれと首を振った。田中さんは結愛と同じ時間帯だったからいないとして、バトンタッチしたはずの龍田の姿も見えない。
俺は携帯を出してラインを開いた。
【夏樹:お前、ちゃんと勧誘やってんのか?】
龍田にメッセージを送ってみると、すぐ既読になる。
【龍田:トイレ行ってるけど、急にどうした?】
【夏樹:来てみたけど、お前いないからまたサボってんのかと思ってな】
【龍田:俺ってそんな信用低いか…?】
「……あ」
龍田への返事を打っていると、聞き慣れた声がしたので俺は顔を上げた。
そこには真由が立っていた。
目が会うと、真由は恥ずかしげに目を逸らした。視線を地面にそっと落とし、顔は耳まで赤くなっている。
「おはよ、真由」
声を掛けると、真由は顔を上げて俺を見詰める。見詰め返そうとしたら慌てながら俯く。
「……こ、こんに、ちは……」
完全に初めて会ったときの状態に戻っていた。
真由が急に携帯を出して何かをパパパッと入力すると、俺の携帯のアラームが鳴った。
【真由:緊張して声が全然出ないの。ごめんなさい…】
俺は苦笑した。
「そんな緊張する必要ないのに」
「…変、だよね……」
「変じゃない。変じゃない」
俯いたまま真っ赤になっている真由の横顔はとても可愛かった。
気付くと、俺の手は真由の頭を撫でようとしているところだった。やばいと思い慌てながら手を腰の裏に隠す。そんな俺を、真由は可笑しそうに見ている。
…これは絶対結愛の影響だ。
でも、俺の変な身振りに効果があったのか、真由を囲んでいる空気の緊張が少し緩んでいた。
俺は平常心を取り戻し、この時期の一番定番の挨拶を渡す。
「入学、おめでとう」
「あり…が…とう」
真由はぎこちない笑みを浮かべた。そんな彼女の手には、十枚は超えると思われるチラシの束がある。
「色んな人から声掛けられたでしょ?」
「え、なんで…分かるの?」
「そりゃ、チラシいっぱい持ってるじゃん」
真由の手を指すと、彼女は恥ずかしげにチラシを隠した。
「皆、サークルに興味ないですか、って・・・。私、どこか変、かな…」
可愛いから、なんて絶対言えない。
「新入生だから?」
「見れば・・・・・・分かる?」
「人によってはね。真由はうーん、そうだね。分かりやすいかも」
そう言い繕うと、真由は信じてくれたようだった。
会話が落ち着くと、彼女の視線は自然と俺の横にある看板に写った。
「『青春』・・・?誰でも歓迎…」
田中さんが念を入れて書いた文章を目で追いながら呟いた。
「夏樹くんの、サークル…だよね?」
「そう。『青春』ってサークル名としてどうかな、とは思うけどね」
「何を……するの?」
俺はこのサークルで一年間経験したことを振り返ってみる。飲み会でワイワイ、カラオケでワイワイ、文化祭でワイワイなどなど…。ワイワイの記憶しかない。
「 ただ皆でワイワイするところ」
がっかりすると思いきや、真由の目はむしろ輝いている。
「よっ」
急に現れた龍田に声を掛けられると、急に背中からちょっとした重さと暖かさが感じられた。振り向いて確認すると、いつの間にか真由が俺の背中にぴったりとくっついて身を隠していた。
「……」
龍田は怪しげに見えもしない背中の存在を凝視する。そのまま数秒が経つと、真由は恐る恐る顔を出した。そして、龍田とばったり目が合ってしまう。
「うわあああああっ!!」
「‥‥ひえっ」
龍田が急に大声を上げたせいで、驚いた真由は再び俺の背中に顔を隠した。
「夏樹お前…」
龍田の声が怒りで震えている。
「いつそんな可愛い子と……!!」
あまりにも大きい声に、周りがざわざわする。真由はもっとびっくりして俺の背中に自分を埋めるようにくっついた。背中に色々感じてはいけないものが感じられ、俺は慌てながら言う。
「落ち着けよ。お前のせいでびっくりしてるじゃん」
「びっくりしたのは俺の方だよ!お前…お前な…」
「おい、龍田」
龍田を落ち着かせるために強く言った後、俺の袖をぎゅっと掴んでいる、物凄く震えている真由の手を目で刺した。
「あ、ご、ごめん」
やっと真由の状態に気付いた龍田が気まずそうに謝った。
俺は小さく溜め息を吐いてから、優しく真由に声を掛ける。
「あの、真由、こいつ変な奴じゃないから、もう大丈夫だよ」
背中から感じられる震えが徐々に治まっていく。少し待つと、真由は俺の右袖だけは掴んだまま、その姿を現した。
「めっちゃ可愛い…」
龍田がうっとりして呟いた。そしてすぐ姿勢を直し、ありもしないカッコよさを装った。
「俺、
「あの、その……私………」
袖を掴んだ手に力が入る。頑張れ、真由。
「私は…その、
「おお、真由、真由というんだ!なんと可愛い名前だ」
完全に一目惚れ状態だった。
龍田は俺と真由の表情を交互に確認した。
「それで、可愛い真由ちゃんは夏樹とはいったい何の関係かな?」
「あの……私は…」
真由は緊張した表情を帯びながら俯いた。
俺はあの日、公園で彼女が見せてくれた精一杯の笑顔を思い浮かべる。
「友達だよ」
代わりにそう答えると、真由はほんの少しだけ、笑みを浮かべた。
「こんなに可愛い子と知り合いなら、もっと早く紹介しろよ!」
「俺だって知り合ったばっかりでさ」
ふと、マッチングアプリの件が引っかかる。
俺は真由にだけ聞こえるぐらいの小さい声で呟く。
「なあ、真由。話してもいい?俺たちどうやって会ったかって」
真由はゆっくりと頷く。
俺は龍田にこれまでのことをざっと説明した。マッチングアプリで会った人が真由で、この大学の新入生だということを知って、友達になった、と。
説明を聞いた龍田は「うーん」と唸ったり首を傾げたりしながら悩んだ後、「まあいいっか」と
ぽつんと呟いた。
「可愛いし」
「お前、可愛ければ何でもオッケーだよな」
呆れて言ったが、なぜか龍田は意気揚々と胸を張った。
俺はそいつを半分ぐらい無視しながら真由に言う。
「で、先サークルの話したよね」
話題を戻すと、やっと俺の袖は解放され、真由は立て看板の横に立った。
そして『青春』を指差す。
「私、このサークルに…入ります……!」
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