第5話 サークルと新入生①
2限の受講説明が終わり、俺と龍田はいつも通り弁当を買ってから野外音楽堂の芝生に座った。
野外音楽堂を囲んでいる木々が風に揺らぐ音が耳をくすぐった。一点の雲もない晴れた天気で、野外音楽堂には視野を遮る建物もなく、青い空が視界いっぱいに広がっていた。
この解放感と、自然に包まれているような感覚が好きで、この学校に入学して以来俺はここで時間を潰すことが多かった。
「あ、そういえばさ」
先に弁当を食べ終えた龍田が話し出した。
「あれは使ってみた?マッチングアプリ」
「覚えてたのか」
「そりゃ、覚えるさ。自分で言ったことだし」
そう言いながら、龍田は食べ終わった弁当を片付けていた。
「一回だけ使ってみたよ」
最初から隠す気はなかったので、正直に答えた。すると龍田は予想通り、興味津々な顔になった。
「まじ?どうだった?コンタクトは?」
「コンタクトって…怪獣かよ。」
「とにかくだ」
俺は溜め息を吐いた。
「会ってみたよ」
龍田の目が今すぐでも飛び出そうになる。
「そんな驚くことかよ」
「お前、俺が知らないところで大人の階段を登っちまったのか」
「登ってないよ」
「手は繋いだ?キスは?お前もうやっちまったのか!?」
龍田は既に妄想モードに入り、俺の声なんか届いていないようだった。
「二人でなんの話してるの?」
急に、女の子の声が聞こえてきた。
俺と龍田は振り向いて声の聞こえたところを確かめた。
そこには、 俺たちを見下ろしている結愛がいた。眩しい逆光に、目を瞑ってしまう。
「あら、ごめんめん。眩しいよね」
結愛はそう言って、まだ唖然としている龍田の隣に座った。
先は逆光であまり見えなかったけど、結愛は春休みになって会ってない分、髪が少し長くなり、それこそロングヘアになっていた。
「いつからそこにいた?」
「二人、怪しいね。なんでそんなに慌ててるの?聞いちゃいけない話でもしてた?」
結愛は奥深い笑みを浮かべていた。
「龍田がまた妄想モードに入ってただけだよ」
「妄想モードって、お前!」
龍田がすごい勢いで口を挟んだ。その姿を見て、結愛はくすくすと、口を隠しながら笑った。
「仲良しなのはいいけどね、龍田、何か忘れてない?」
龍田は全く心当たりがないようだった。
「3限からの新入生勧誘って、確かに龍田の番だったよね?もうすぐ昼休み終わるよ?」
「うわっ、忘れてた!」
龍田は慌てながら立ち上がると、メインストリートの方に走っていった。
「じゃあ、次は宜しくね!」
結愛はそんな龍田に手を振った。
龍田の姿が消えると、結愛は声を出して笑った。
「あはは、いつも、面白い子だよね、龍田は」
「まあ、そうだな」
「そして夏くんは、知らないうちにキスとかもしてるし」
結愛は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。何も飲んでないのに何かを吹き出しそうなぐらいびっくりした。
「やっぱり聞いてたのか」
「そんな大きい声で話してると、聞きたくなくても聞こえるよ」
「まあ、そうだね…。いつもの龍田の妄想だよ」
「妄想だって、何もないとできないよ?」
完全に
俺は彼女にどこまで話せばいいのかを考えた。マッチングアプリを使った、というのは余計に誤解される可能性もあるから避けたいが、それを説明しないと、真由と会ったことを上手く説明できる自信がない。少しでも隙間を見せたら、結愛には絶対ばれてしまう。
「今、何か策を考えてたでしょ」
…悩む必要もなく、既に色々ばれていた。
「相変わらず鋭いね」
「えっへ、そうかな」
彼女は偉そうに笑った。そして催促するように、俺の方に体を少し移してくる。
「絶対誤解はしないでね」
念のために言うと、彼女は大袈裟に頷いた。
「実は俺、龍田に言われてマッチングアプリというのを使ってみたよ」
「ほおほお」
結愛の目で光っている。
「…それだけ」
輝きが止まる。そして俺の目をじーっと見詰める。真由とは違い、その視線には迷いなど少しも感じられない。
「あ、今女の子のこと考えたでしょ」
「…エスパーかよ」
「あはは、ただ夏くんの嘘が下手なだけ」
ただ真由が鋭すぎるだけでしょう…と心の中でブツブツ言い、もしかしてこれも読まれているかもと思っておずおず結愛の顔を確認する。
「何それ。まるで『先私が考えたこと、この子にばれてないかな』みたいな表情」
「はいはい。ごめんなさい」
俺は白旗を揚げた。
「マッチングアプリ使って、女の子と会いました。でも一回だけで、それ以降使っていません。会った女の子と変なことも絶対してません」
結愛は俺の顔をじろりと見て、満足げに笑った。
「うん。合格合格」
そして結愛は俺をなでなでする。
「…他の男にはするなよ」
「夏くんが嫉妬するから?」
「違う。他の男は怒るからだよ」
「へえ、じゃあ夏くんは怒らないから、してもいいんだ。よしっ、なでなでー」
今日の結愛は普段より上機嫌だった。
なでなでが終わると、結愛は満足げに背伸びをしながら笑う。
「うーん。春休み終わったし、新入生はうちのサークル全然興味ないし、ちょっと落ち込んでたけどなでなでしたら良くなった」
「勧誘失敗だった?」
「そうなの。男の子にばかり声掛けられるし、嫌だったよ」
俺は改めて結愛の顔を見る。
長い黄色の髪に、もう高校生の感じがしない、大人っぽい顔。目も大きいし、鼻は小さいけど高いし、美女と美少女の間ぐらいの顔だった。
「そりゃ、結愛が立ってるとそうなるよ」
「あ、夏くんに褒められた」
「褒めてねえし」
「褒めてるし」
彼女がニコニコ笑う。
「あ、はいはい。すみません。褒めてました」
「あはは、それ、謝る必要ないし」
今回は肩を揺らしながら笑う。
「で、男は全部断ったの?」
話をもとに戻すと、結愛はけろりと表情を変えた。
「結果的にはね。だって、聞いて。まず田中先輩が声を掛けてね、その次にあたしが『おっはよ~』と出てくる作戦だったの。するとね、田中さんと話してた時は全~然興味なさそうにしてた子が、あたしが声掛けたら、急に態度が変わるの。そんな新入生、絶対嫌だよ」
俺はその状況を想像してみる。確かに、そんな新入生は要らない。田中先輩、ナイス作戦。
「あたしはね、もっと可愛い後輩が欲しいの。もっとぎゅっと抱きしめてあげたいぐらい、可愛い後輩」
「それって結局、女の子だけ欲しいということとほぼ同じじゃないかよ」
「男でも可愛ければぎゅっとしてあげる」
「そんな可愛い男、いるわけないだろう」
急に結愛の顔が近付く。俺は慌てながら身を引いた。
「な、なにするんだよ」
「うーん。そうね。夏くんも可愛いけど、夏くんより可愛い男って、なかなかいないよね」
そしてまたなでなでしようと、手が俺の頭を狙ってくる。俺はそれを避けてから立ち上がった。
「え、もう行くの?」
「ここにいても
「じゃあ」
結愛も立ち上がり、ポンポンとスカートに着いた土を落とす。
「ご飯に付き合ってくれる?1限は説明会で、2限は新入生勧誘で、まだご飯食べてないから」
「これ、見えてるよな」
俺は空っぽになっている龍田と俺の弁当を指差した。
「見えてるよ、もう。一緒に食べようーじゃなくて、あたしがご飯食べてる間の話し相手になってもらいたいだけ」
俺は必死に断るためのそれっぽい理由を探ったが、何も出てこなかった。
「はあ、いいよ。ちょっとくらいなら」
「やった」
結愛は嬉しそうに笑った。
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