第1話 マッチングアプリ①

 俺たちは、事前に予約しておいた静かなイタリアンレストランに移した。


 注文をうかがう店員に俺は簡単に食べられるクリームパスタを頼んだ。そして彼女に目をやると、彼女は慌てながらメニューを意味もなくめくっては、店員に向け、俺と同じクリームパスタを指差した。


「食前の飲み物はどうされますか?」

「じゃあ、私はアイスコーヒーでお願いします」


 そしてもう一度彼女の方を見ると、彼女はそわそわしていた。


「お、同じもので…」


 メニューを見て決める自信がないからそう言ったと、がっかりする表情ですぐ分かった。


 食事が出るのを待つ間、彼女は食前のコーヒーカップのストローをぐるぐる回していて、顔にはいまだ緊張の色が漂っていた。その緊張をなんとかしなきゃと思い、俺は口を開ける。


「改めて、自己紹介でもしましょうか」


 ストローを回すスピードが一層速くなっている。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「はい・・」

「もし人と話すのが苦手なら、私のこと石とか木とかだと思ってもらっていいので」


 そう言っても、彼女の緊張は解れなかった。まともに話すには、時間が必要かもしれない。


「アプリだと、名前と年齢ぐらいしか分からなかったですし、まず私から自己紹介しますね」


 彼女が頷く。


「私は、桜谷夏樹さくらやなつきです。えーと、今年二十歳になります。来月から大学2年生になります」


 こんなふうに自己紹介をするのは、1年生のときのサークル新歓依頼初めてだった。


木原みずはら真由まゆです・・・。まだ十八歳、です・・」

「ってことは、もうすぐ大学生?」

「あ、はい・・」


 彼女は俯いたまま答えた。普通ならここで、何の大学?とか、何専門?とかと色々と訊くのが定番の気がしたが、それってなんか「あなたに興味あります」みたいな感じがして、やめておいた。


「入学する前は、結構緊張していたんですけど、今考えてみれば大学って、高校とあんまり変わらない感じでした。高校生のときよりもう少し自由になった、って感じかな」


 少しは興味を惹けたのか、彼女の視線が俺の口と鼻の間ぐらいの妙なところに留まっている。


「大学について何か聞きたいこととか、ありますか?1年先に経験したぐらいで、あんまり教えられるものはないかもしれないけど」

「その、友達は・・・どうやって・・?」


 彼女の目付きはとても真剣だった。どうやら、一番聞きたいもののようだった。


「ああ、友達作りですか。サークルとか部活とかに参加したら、自然とできるんです」


 彼女の目が光る。


「だから、うーん。そうですね。ただ講義聞いてレポートやって試験受けてとかですと、意外と友達って作れないんじゃないかな、と思いますよ」

「じゃあ、サークルは・・・」

「サークルはですね。キャンパスのあっちこっちで皆ポスターとか看板とか持って新入生来い!って勧誘してるから、それ見て良さそうなところを選べばいいですよ」


 彼女は必死に頷く。メモ帳を持っていたら、今きっとメモを取っていたと思う。

 大学での友達作りに不安がかなりあったのか、情報を聞いただけで少しは彼女の緊張が解れた気がした。


「人見知りには、難しいですよね。友達作りって。それでも良く頑張ったんじゃないですか。マッチングアプリも使って。やっぱり彼氏欲しいとか?」

「そ、それは・・」


 また白いピーコートに顔を埋めながら話す。


「れ、練習です・・。上手く、話せなくて・・」


 その言葉には妙な力が入っていた。その力に惹かれるように、俺は彼女を助けてあげたいという気持ちが、頭を横切った。


「一緒に練習しましょう」


 途方に暮れた彼女に向け、俺は大袈裟に笑ってあげた。


「今日私は、真由さんの練習用の友達です!」

「え・・・」

「ということで、ため口でいい?」


 彼女が更に途方に暮れる。ここは勢いだ。


「じゃあ、宜しくね。真由」

「よ、宜しくお願いします!夏樹、くん・・・」


 彼女の顔は、爆発寸前の真っ赤な爆弾になっていた。

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