【Web版】一人キャンプしたら異世界に転移した話

トロ猫

キャンプ


 私は瀬戸楓せとかえで(27)。普通の会社員。先月、五年付き合った同僚の彼氏に振られた。


「楓は一人で生きていけるだろう? 玲奈は俺がいないとダメなんだ。子供もできたんだ」


 と、いつの時代のドラマ? みたいなセリフを吐かれた。元カレの言う玲奈とは…去年中途採用で入ってきた、男から見れば庇護欲を唆る元カレの部下だ。女から見たら人で態度を変えて仕事を押し付けてくる迷惑モンスターなんだけどね。

 正直、元カレには未練は無いと思う。結婚の話も出たけど…お互い仕事が忙しくてあまり深く考えなかった。

 元カノも浮気相手も同僚ってやめてほしいわ。狩のスペース狭すぎない? もちろん他の同僚には腫れ物扱い…いたたまれない雰囲気になってる。元カレはこんなに空気を読めない奴だったかと思うほど、高々に玲奈と結婚宣言を部長の前でしてた。

 部長は氷点下で『あゝそうなの? それはそれはおめでとう』と背筋が凍るくらいの冷たい目だった。部長は二年前、夫に浮気されて離婚したのだ。


 それから一か月たった今、私は自然に癒されようと一人でキャンプに来ていた…知り合いの山に。

 山と言っても遭難する様な感じではなく、山の一部を所有しているそうだ。私有地なので、私以外、今は誰もいない。

 子供の頃に良く両親とキャンプに行ったのを思い出して一般のキャンプ場に行ってみたのだけど…あれは私の覚えているキャンプではなかった。キャンプ場に着いた時、ここはどこの難民キャンプだと呟いてしまった。


 人人人


 人混みの中でキャンプするなら、田舎の実家の横にしておけば良かったなと思うほどだった。田舎は新潟で東京から遠いから行けないけどね。

 結局、その日はキャンプをせず家に帰った。この事を部長に愚痴ったら、部長の叔父さんが群馬にある山の一部の土地を所有してるからそこにでキャンプしたら? と叔父さんの了承を取ってくれた。その縁で今この山にいる。

 車を麓に泊めて数十分ほどハイキングしたところに小さなログハウスがあるらしい。その周りでキャンプしてくれとの事だった。

 あったあったログハウス! 周りは松の木かな? 同じような木が生い茂ってる。


「空気サイコーーーーー」


 あのクッソな元カレへのモヤモヤな気持ちも、自然の中で流されるだろう。バックパックから荷物を出し、キャンプの準備に取り掛かる。数十分ハイキングするから、これ貸してあげると言われて部長に借りたミリタリーバックパック、寝袋を外付け出来るので容量も多い。

 部長ってアクティブなんですねって聞いたら、『違うわよ、元旦那から奪ったのよ』って黒い笑顔で言われた。その笑顔が怖くて、そのまま何も言わず受け取ったバックパックだ。

 テントはドームシェル型のソロ用ベッドテント。ちょっと高かったけど、奮発して買ったやつだ。重量が軽くてコンパクトに収まる。

 テントも張り終えて、椅子を出し15時にアラームセットしてゆっくり本を読む。

 5月だけど、山は寒くなるって聞いたからアウトドアジャケットを持ってきていてよかった。寒いので、まずワインでも飲もう。

 ソロ用の焚火台に炭を入れてマッシュルーム缶に海老と油に調味料を入れてアヒージョする。パンもあるよ! 準備していた切ったソーセージ、玉ねぎ、枝豆をアルミ製の鍋に油と調味料を入れ煮込む。最後に、穀物のクスクスを入れて五分煮込み仕上げる。うん! 美味!

 ワインを飲みながら空を見上げると、だんだんと暗くなっていくのがわかる。今は携帯の電源も切っている。

 不思議だ。

 心は落ち着いているが涙が出る。もっと呑むか。星が見え始めた頃、スモア用にマシュマロを燻りチョコと共にグラハムクラッカーで挟む。高カロリーデザートの出来上がりだ。

 何時か分からないが、星空も堪能したし、寝るか。

 火の始末をして、テントに寝袋を引き横になった後は覚えていない。



▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 うーん。ちょっと飲みすぎた? 頭がボーっとする。ワインは半分くらいしか飲んで無いけどね。感傷に浸りすぎたのかな。さて、起きますか。

 ジジジーとテントの入り口を開け、外に出る。眩しい木漏れ日に目を細める。朝ご飯の準備でもするか。あれ? ここってこんなに草が生い茂っていた? 

 眠い目を擦りながら辺りを見回す。周りの景色が昨日とは違う。テントに道具、ログハウスもあるのだが…明らかに昨日と同じ場所では無い。生い茂っていた松の木はなく、嫌味なのか…そこら中にあるのは、楓の木だ。子供の頃に、メープルシロップと言うあだ名を付けられて以来…この木には恨みがある。

 今はそんな話どうでもいい。スマホを取り出し電源をつける。圏外か。ふと楓の木の下を見ると、黄土色おうどいろの傘に白の縁の立派なキノコが生えている。こんなキノコも昨日は見てないなと近づくと、キノコは地面から足? を出し二足歩行で走って逃げて行った。



 は? はああああああ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る