13 風のわだち

 茜さす草原にわけもなく黒い影がいる。遠い景色の中に、はばかりながらもそこに居ざるを得ないという風に木々のまばらな並びがある。木々の影が伸びていく先に、屹然たる山脈の赤く染まった雪壁。それが溶け尽きるよりも先に、日は海の底に沈み、細く歪んだ月は星々のあわいに現われ出でる。

 影がすこしずつ薄れていく。山の端はノコギリの刃のようで、それに切り取られた空がゆっくりと動いた。星々は海蛍のように流され隊列を崩す。空は意地汚くも星々を手放そうとしないので、星は自由によってしか死を迎えない。あるいは死によってしか自由を迎えない。それは点と回転の幾何学の中に現れる束の間の光線であった。

 茜さす草原にわけもなく透明な風が荒ぶ。遠い景色の中で木々が葉音を幾層にも重ね合わせている。その音はどこにも届かない。風は、屹然たる山脈の赤く染まった雪壁にぶち当たると、そんなものははじめから存在しなかったとでもいうように消え去る。そして風のわだちは草原の上に葉音とともに解ける。

 細く歪んだ月が星々のあわいに現われ出でたとき、黒い影が存在を強く主張しながらも解け尽きていったのと同じように。

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