14 針ねずみ

 針ねずみが手の中にあった。それは瞳だけで悠二を見つめている。右手の人差し指を強く噛みしめ、前足を手のひらの上でもがきながらも鳴き声は上げない。

 悠二は針ねずみが逃げ出さないように強く握りしめても、針が指先に刺さってこないことにうすく驚いた。痙攣するように瞳の中の光の粒が震えている。

 やがて人が来ることになっている待ち合わせ場所で、針ねずみをいつ逃がすべきか、いつまで逃がさずにいるべきか、逡巡はともかくとして躊躇している。人はやがて来る。待ち合わせ場所の道路上に死体のように転がっているぬいぐるみを拾いあげたと思ったら生き物であった。あわてて手の中を逃げようとするそれを我知らず握りしめ、握りしめたあとにかすかに指先に伝わってくるむずがゆさが硬い毛のせいであると気づいたときにはすでに生殺与奪の権までもを完全に握っていた。針ねずみが噛みしめている人差し指の根元から赤い血が滴り落ちたが、その血の所在が悠二にはわからない。痛みを感じているとも、感じていないとも定かでない。

「針ねずみくん」

 胸の高さにあった手を路側の縁石に降ろし、悠二は針ねずみを人の行き交いの滞った道にぬいぐるみのように置いておいた。

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