12 ある
味のしないカクテルを口の中に流し込むと、香りが鼻の中を通り抜けていく。縁がうすくつくられているグラスは口当たりが良かった。女が口先から離したグラスにはほのかに紅がついている。金属製のテーブルの上にグラスを置く。カチンと音が鳴り、念入りに磨き上げられた金属にはグラスと浅黒い手が反映する。その下にはぼやけた女の顔がある。顔は笑っていた。
店の天井には木製の矩形の板が敷きつめられている。板の一枚一枚に独特の木目があるので、それらの木目を重ね合わせてパラパラ漫画の要領ですばやく入れ替えていけば、アニメーションが出来上がりそうである。女は椅子の背もたれにもたれかかり首を背もたれの上に乗せ天井を振り仰ぐ。しかし女は木目を見ていない。女には何も見えてはいない。酒をのむときの自分の顔がどのように動くのかさえ彼女は知らない。普通の人もそれを知らないだろう。
女は口をひらき、下唇にグラスの飲み口の下面を乗せる。そして上唇をグラスの上面に這わせ覆っていく。上唇は長く広く伸びていく唇が芋虫のようにじわじわと動いた。女の目はカクテルの表面に浮かんだ泡を見つめている。ほうれい線が細くなってゆき、それに従って眉が上につり上がる。女がグラスを傾けると体ごとうしろに倒れていく。女の目は、口の中に流れ込んでくる泡を追う。カクテルがすべて口の中に吸い込まれる。女は背もたれにもたれかかり天井を振り仰ぐ。テーブルの上にグラスを置く。カチンと音がし、グラスと浅黒い手がテーブルに映る。その下には女の顔。女は笑っていた。
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