11 頚動脈洞反射
「いじらしい思いをしたことがある?」
眠っている悠二の手を引き、抱き起しながら、暗闇の中でその人はまだ個体を保っている。
抱き起した悠二をベッドに座らせると背後に回り、その人は自ら背もたれとなる。悠二はぐったりとその人の胸の上に頭をあずけている。首の筋が無防備に伸びてゆき、白い皮膚の下には頚動脈を流れる赤い血潮が見える。
悠二は静かに呼吸していた。部屋の中の空気をすべて肺の中に収めてしまいそうなほど深く息を吸っている。彼の体は上下に動いているが、吐く息の激しさには逼迫感がある。そうでもしない限り何かが気道に詰まってしまうかもしれない。あるいは、ただ己れの危機的な状況を無意識が勘付いているのか。
喉仏の上を汗が流れていく。汗は戸惑いながらも何とか最短の経路を辿って天突を目指しているかに見える。実際、天突と鎖骨のあたりには汗の小さな無数の粒が群生している。霧吹きをかけたように。
「ネットで頚動脈洞反射を調べると、こんな文章が出てくる。一体誰が書いたんだろう。だけど、素晴らしいと思ったんだ」そして「喉仏の左右にある頚動脈洞を圧迫すると、圧受容体が圧上昇を感知し、舌咽神経が延髄孤束核に伝え、孤束核から迷走神経背側核に伝え、迷走神経が過剰な反射を起こし、心臓の洞房結節や房室結節に伝え抑制され、徐脈となり、血圧が低下し、脳幹へ行く血液が少なくなり脳幹での酸素量減少で失神状態に陥ることもある」と。
「これを頚動脈洞反射という」と。
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