3 朝目覚めるとまず熱いコーヒーを淹れる
悠二は朝目覚めるとまず熱いコーヒーを淹れる。それがたとえ暴風警報が発令された朝であったとしても、窓を打ち鳴らす風の音に耳をそばだてながら、彼はゆっくりと砕けた豆を濡らす。
彼は体に一糸も纏わずにコーヒーを淹れる。きれいに垢が削ぎ落されている背中の筋肉に、力を入れ、力を抜く。上から下へと、可能な限り細やかな箇所まで気を配り、抜け漏れのないように脱力していく。
香り高い湯気を燻らすコーヒーカップを持って、ひどくリラックスした意識のなかで何気なくリビングに向かう。
窓の外は静まり返っていた。隣家の屋根の上には青空が見える。そこに雲が一片もないことに気が付くと、彼は窓に身を寄せてより広い空の中に雲の切れ端をさがした。切れ端は見つからない。
目線を下に落としたとき、窓の外の路肩に人が立っており、こちらを見上げているところにちょうど視線がかち合った。その人はまっすぐ足を揃えて背筋を伸ばしたまま、敢然とこちらを見つめている。通りかかったわけでもなさそうだし、通り過ぎていく気配もない。ギリシャの彫刻に見るような丹精に鍛え上げられた肉体を、誇張するでもなく、ただつまらないポーズでもって辺りに宣伝している。しかし、他に人はいなかった。悠二が驚いていたのは、その人が裸だったからでも執拗に見つめられているからでもなく、その肉体が彼の思い描いた理想とそっくりそのままの現れであったからである。
悠二はその肉体をしばらく見つめていた。
その時間がどのくらいのものであったかは、定かには覚えていないが、その裸人がようやく歩き去っていったころ、コーヒーはすっかり冷めていた。
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