第3話 問題児

 ズザザザッ、と地面を転がっていく享也を憐れみの眼で見るアーリア。

「っしゃー! 今日も一日一善! あたしらの敵であるウザい先生を一蹴してやったわ!」

静林じゃくりん、あなたほんっとうにアホね、そんなくだらないことしてないで、もう少し訓練に励んだら?」

「そ、そうだよ。サラさんの言う通りに「なーんでアンタがサラちゃんの言う通りにっていうのよ!? あんただって訓練や座学サボってる仲間だっていうのにさ!?」

「おい、ばっちり聞いたぞ。張静林ちょうじゃくりん、アンドリュース・比嘉ひが・ドレイク」

 その言葉に、ドロップキックを打ち込んだ少女、張静林と、そのサボり仲間らしい少年、アンドリュース・比嘉・ドレイクは固まり、ギギギ、と首をアーリアの方に向けた。

 もう一人の少女がため息をつくと同時、二人は「「ぎゃあああ!」」とわめいた。

「ア、アーリア先生!? い、今のは冗談です! サボってなんかいません!

「は、はい! 僕らはサボってなんか「出席簿に、欠席を表す赤い点が打たれているのはよく見てたわよ、観念したら?」

「「隊員を売るのかんですか隊長?!」」

「なるほど、座学に自信ありと? ならば次のテストはお前ら二人、満点以外は赤点とみなすからな」

「「そんなー!」」

「――おーい、そろそろ起こしてもらっていいか?」

 声のした方を4人が向くと、上半身を壁に埋もらせた享也が、情けなく助けを求めていた。


「――さて、この落とし前はテストで100点取って返してもらうとして、だ」

 血管を浮かび上がらせて笑っている享也に、静林とドレイクは頭が上がらない。

 もう一人の少女、サラちゃん、と呼ばれていた子は静かに座って、仁王立ちしている享也を見ている。

「今日からこの隊で世話になる、お前ら、よろしく」

「よろしくお願いします」

「よろしくー!」

「は、はい、お願いします」

 様々な挨拶を返す三人に、享也は、

(……あくが強そうな小隊だなぁおい)

 と感じた。

「さっきドロップキック食らって分かったように、享也。こいつらは筋はいい。ただ問題行動が過ぎるから注意……するまでもないか」

「次そんなことしてきたら、潰すだけよ」

「やめてください、静林とドレイクが震えてます」

 顔を蒼くして首をフルフルと振っている二人に免じて、享也は「冗談だ冗談」といっておく。

「んで? お前らのこと、教えてくれよ」

「いいですが、名前を聞いたからには『お前』などという言い方は控えてもらってもよろしいでしょうか?」

 んあ? と声を上げた享也。まさかこんな返しをされるとは思っていなかった。

「ま、まあ、名前くらい教えてもらえばやめるけどよ……」

「では。

 私はクリューネ・サラマンドラ。3番の『直線突貫ストレート・ハイ』の能力者です。以後、お見知りおきを」

 丁寧な物腰で、礼儀正しく自己紹介をするサラマンドラ。

「この問題児二人を何とかまとめている、苦労者の隊長だ」

 横からアーリアがこそっと告げる。

「お、おう、よろしく頼むな。サラマンドラ」

「こちらこそ、よろしくお願いしますよ」

「ちょっとー! あたしたちは何もなしぃ!?」

「まだお前らは名前訊いてねえしな」

「きーっ! あーもう! すればいいんでしょ自己紹介!」

 享也の放った一言に嚙みついた静林が、胸を張り、口を開く。

「あたしは! かの偉大なる中華民族の生き残り! 名前を張静林というのだ! 張様と呼んでもいいわよ!」

「なるほど、頭がイタイ奴なんだな」

「ちょっと!?」

「はい、彼女といると頭痛がします」

「ねえサラちゃん!?」

「その認識で会ってるぞ享也」

「なんで先生までそんなこと言うわけ?!」

 三者三様に酷い言いようだが、彼女にとっては真実だ。

 というのも、彼女の言うように、中華系の民族はその数が、この軍の中でも群を抜いて多い。割合で言えば、全体の4割強にあたる。

 彼ら曰く、「私たちが生き残りが多いのは孟子様のおかげネ!」とのこと。

 ……なぜ孟子なのかはおいておくとして。

 とにかく、その人数の多さから、「復興したのちに、真っ先に国として立ちなおせるだろう」と目されている民族だ。

 ちなみに、アジア系の民族の生き残りは、中華系を入れて6割、欧米系が3割、その他で1割ちょっとという塩梅である。

「それで、あとはそこの男だけ、と」

 びくぅ! と効果音が鳴りそうなほど肩を上げた彼は、おどおどしながら享也を見た。

 そして、そのまま硬直した。

「――? おい? 自己紹介しねえと、ずっとお前呼びだぞ?」

「ごめんなさいぃ!」

 ますますもって首を傾ける享也に、サラマンドラが「あがり症なんです、気にしてあげないでください。気にすると余計に緊張してしまいます」と教えた。

 首肯した享也は「気楽にしろよ、たかが自己紹介だぞ?」と声をかけるも、どれ玖は首を横にブンブンと振る。

 「――はあ、いい? この臆病者がアンドリュース・比嘉・ドレイク。名前からわかるように日本系の血が入ってるの。つまり超希少な人種なのよ! どうよ! すごいでしょ!」

 見かねた静林が、ドレイクに変わりに説明をするも、享也はため息を吐いた。

「いや、なんでお前が偉そうに威張ってんだよ」

 あきれる享也だが、この世界では本当に貴重な人種なのだ。

 アジア系がこの世界の人間の六割を占めている、と言ったが、そのほとんどは中華系やインド系の人種が多い。逆にそのほかのアジア系の民族は少ない。

 その中でも、とりわけ稀少なのは日本民族である。

 『乱数人』の侵入してきた穴、その発生地域の中で最も多くの穴が観測されたのが日本。その数は20を上回る。

 その他の国では4つ、多くても10個もないというのに、日本に関してのみ、異常なまでに多かった。

 ゆえに、この世界の『国』という概念が壊れ、一つの『群』という体制になるまでに、当時1億人ほどいた日本人は600人にまでその数を減らされた。『数司』という能力が現れるまでには、もはや50人もいるかといったところだ。

 結果、現在の人種の中で、純粋な日本系の人種は4世帯、ハーフやクォーターを入れて、ようやく80人に乗るほどしかいない。

「んで、なんでそんな貴重な奴がここにいるんだよ?」

「この子は両親から勘当されちゃってねー? 行く当てがない所をあたしらが拾ったってこと!」

「ちょうど小隊の人数も減らされたところでしたし、なにより、彼は能力としても少数派な虚数値の能力者でした。そんな人材を眠らせておくわけにはいかなかったので」

「そういうことだ。だから、あとから入隊したドレイクの階級は他の二人に比べて少し低いんだよ」

 アーリアに言われ、ドレイクの制服の腕部に目を向けると、確かにマイナスの勲章がほかの二人に比べて2つほど多かった。

「なるほどねー」

「ところで、次はあなたが自己紹介する番なのではありませんか?

「あ、ああ。そうだな、悪かった」

 後ろ首を掻きながら、「野廃享也、数司大隊から派遣されてきた……教師でも生徒でもねえ、なんかよくわからん身分だ。まあ気楽に接して……」と言ったところで、息をのむ音が聞こえ、口を閉ざした。

「……どした?」

「――純血の、日本人――!」

 その言葉を発したのは、サラマンドラであった。

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