第2話 異動
あの後、色々と話し合ったものの、結局大隊長を言い負かすことはできず、条件として「褒賞は殲滅班にいた時と同等に与える」、「期間は一年」、この二つの条件はつけることができた。
そして、翌週、亨也は、仕方なく、嫌々、呆れ気味に、育成中隊に戻ってきた。実に8年ぶりである。
「しかし、変わってないな。ここも」
壁に刻み付いた弾痕。あたりに漂う、数司の力を使った後の独特の匂い。亨也の思い出にある通りの、中隊の雰囲気だ。
「もうあれも、8年も前だもんな。それで変わってないのも驚きだけど」
「ーーぃょぉおおおうおかえり問題児いいいいい!」
急なヘッドロックを決められ、ぐらつく亨也だが、今の言葉に感じた懐かしさの方に気を取られた。
「お、おまっ、お前えええ!」
「ははっ、久しぶりだなぁ亨也! 所属した部隊でなんかやらかしたのか?!」
そう、気楽に声をかけてきたのは亨也の学生時代の恩師、アーリア・ソレイユだ。名前の通り、れっきとした女性だ。少し言動が男勝りなだけである。
「なんだよ、まだいたのか、もう定年た「それ以上言うと首根っこ、ひん抜くよ?」
笑ってそう言うアーリアに、亨也は大人しく「悪い」と謝る。
というのも享也は、アーリアに対していろいろな意味で苦手意識があるのだ。
例えば、何かミスったらこぶしが降ってきたり。
例えば、言い返せばこぶしが降ってきたり。
「なんだ? なんで顔を青くしてる?」
「な、なんでも?」
そっぽを向いて口笛を吹く享也に冷ややかな目を向けるアーリア。
「――ま、いいけどさ。で、誰が30代前半の女性を前に定年だってー?」
「いやいやいや! だってもう30過ぎたら行きおぐええ!?」
「行き遅れじゃねえよ! 見合い蹴ってるのと忙しいだけだっつうの! あと見合いの話が来てねえだけ!」
「それを行き遅れって、だああ分かった分かったから頼むから首絞めんな! 落そうとするなあ!」
柔道の組技のごとく、首を絞められる享也。さっきまでしていたじゃれ合いのヘッドロックとは比べ物にならないほどに締め付けが強かった。
――人類を脅かす存在、現在では『乱数人』と呼ばれている彼らによって、人類は大幅に数を減らされた。
ゆえに、国――というよりも軍隊、といった方がしっくりくる――全体として、女性は早く結婚し、早く子供をもうけた方がよい、という風潮になっている。もちろん、働くことができるのなら、そのまま働き続ける者もいる。
そんな中で、30代前半にもなっていまだに未婚のままであるアーリアは、世間的に見れば行き遅れなのだが、それを本人は気にしているし、何より知らなかったとはいえ、あまりにも無礼な口をきいた享也には、ちょうどいいお灸であった。
「……そんで、なんで帰ってきたんだよ? ほんとに何かやらかしたのか?」
「っけほ、なわけあるか! あのクズに言われたんだよ、いったん戻れって」
「えー、珍しい。享也があのアホの命令に素直に従うとはねー」
クズだのアホだのいわれたアブナハムがくしゃみをしたのは言うまでもない。
しかし、享也が彼の命令に従ったのは、ある理由がある。
「――最悪の可能性を回避する?」
「そう、君がこのままここに居続ければ、確実にその未来にぶち当たってしまうのだよ」
あのあと、一応まじめな話なので真剣に聞くことにした享也だが、その言葉には首を傾けた。
「なあ、それは確実なのか」
「間違いない、この私の能力『
アブナハムの持つ数司の能力、√-72番『外点観測』。その能力は現在の状況を続けた場合、どのような未来に行きつくかを知る能力である。能力の対象は自身に関わることのみだが、様々な可能性を見ることができる。
その能力をもってして、絶対だと言われたのだ。
「ちなみに、その可能性って言うのは、俺が関係して「おっと、これ以上言うと絶対に外れなくなるし、我々の勝ち筋がなくなってしまうのでやめておこうではないか!」
勝ち筋がなくなる、その一言が享也を黙らせた。
「っ! なんだよ、そこまで重要なのか、その可能性を回避することが」
「回避、ではなく、その後の立ち回りによって変化していくのだよ。あの未来になる可能性は100%――絶対なのだからね」
「……享也? 暗い顔してるが、平気か?」
「――ぁ、ああ。わりー。またしばらくあんたと一緒にいなきゃなんねえのかと思うと気分が下がって」
「ヘーソッカー」
片言になったアーリアに、享也は慌てて話題をそらす。
「そ、それよりも! ほら! 俺の新しく所属する小隊ってどんなとこなんだ!?」
「露骨に話題逸らされた気もしないでもないけど、まいいや。
享也がこれから所属する舞台は問題児の多いとこだ。ま、覚悟しときな」
うへえ、と顔を歪ませた直後。
享也の顔面に、ドロップキックが炸裂した。
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