人たらし


 ◇



「北瀬、那世」

 雛衣ひなぎぬ署への黄昏時の帰り道。入り口で、ふたりは後ろから聞き慣れた穏やかな声に呼びかけられた。

「あ、長洲野ながすのさんだ」


 手を振るのは、ふわふわと茶色の髪の毛踊る、温和な笑顔。彼らと同じ捜査一班の長洲野だ。その隣には、恰幅のいい背広姿が並んでいる。体格の良さもあいまって、角刈り頭が、普通の社会人らしからぬ空気を生み出していた。いま彼らが応援に入っている雛衣署の大西おおにし係長である。


「一緒に買い出しですか?」

 那世の淡白な声音には、分かる者には分かる驚きが滲んでいた。


 東京から派遣されてくる国の警察官――というだけで、煙たがる者はそこそこいる。警察独特の縄張り意識が、敵愾心を生むのだろう。そのうえ、彼らは〈あやかし〉捜査官を抱えるチームだ。地域や個人によっては、まだ〈あやかし〉を快く思わない者も多い。

 雛衣署の大西も、そういった彼らを邪険にしてきた手合いだった。態度も露骨で、合流後、長洲野と組んで出かけた時などは、聞えよがしな舌打ち交じりだったのだが――


「そうそう、夜食のね。はい、これ。大西さんに教えてもらったんだけど、神戸限定だって」

「そいつはコンビニスイーツの中でも相当うまいぞぉ! 食べてって損はない」

 いまは、那世にシュークリムを渡す長洲野の隣で、ニコニコしている。


「あんたら、今日は電車で悪かったな。明日は車が回るよう手配するから」

 機嫌よくそう請け合い、一足先に、と、長洲野と雛衣署内へ入っていく。その隣で、にこりと心得顔で手を振る長洲野を、バディふたりはぽかんと見送った。


「……こっわ。相変わらずの人たらし」

南方みなみかた班長、馬を射らずに将からいったな……」

 県警の応援も来ているが、主戦力は雛衣署員である。そこのまとめ役をしている大西を懐柔すれば、あとはこっちのもんということだ。


 今回の捜査では、もっとも重要な現場である、失踪場所のマンションに入れない。マンションへ捜索に赴いた者が消えているので、不用意な捜査は危険と判断されたのだ。どのような異能により、行方不明となったのか――その糸口がつかめるまでは、踏み込めない。


 しかし、悠長に異能解明を待っている時間もない。そこで捜査の焦点は、事件の端緒である栃田とちだ一家の人間関係へと当てられた。関係者への聞き込みから、事件に繋がる手がかりを掴もうというわけだ。

 しかし、まだ的が絞れていないので、聞き込み範囲は広範に渡った。そのため、署内の車だけでは数が足らず、電車を足に使うチームも出ることになったのだ。


 複数個所を回る聞き込みは、どうにも電車だと不便な場面が多い。できれば車を回してほしいところなのだが、北瀬と那世は、大西の采配で、今日は電車チームだったわけである。そこにはなかば、嫌がらせのような空気も感じられた。


 それが半日、長洲野とペアで過ごしたら、あの変わりようである。これで車の利用はもちろん、嫌な断絶と拒絶の空気の中、情報共有がされない――という、捜査上の支障も起こりにくくなったわけだ。強引に長洲野と大西をペアに推した、南方の辣腕が光る。


「長洲野さんのあれこそ、捜二案件では?」

「長洲野さんは、人格が詐欺じゃないからな。お前と違って」

「収賄による擁護は無効かな~」

 シュークリム片手の無表情に、北瀬はそう、歌うように言って笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る