捜査四係


 空間への威圧感が圧倒的だった。


 最初に扉をくぐったのは、黒髪をきっちり丁寧にうしろになでつけた、上背のある神経質な蛇のような眼つきの男。その彼が左右に己よりさらに体格のいい、強面の男を引き連れている。片方はスキンヘッドの髭面。片方は、派手な赤いメッシュいりの黒髪を長く伸ばして結わえ、耳や首にじゃらつく貴金属を身につけていた。どちらもともに当然のように眼つきも悪ければガラも悪い。主人を挟んで他者を威嚇する、熊か猪か土佐犬かといった風情だ。それなのにみな質のいいスーツ姿であるのがまた、並々ならぬ空気を生むのに一役買っていた。


 こんな連中に街中で出くわしたならば、大多数の人間が遠回りだろうと行く道を変える。だが、三人組が現れたのは夜中の繁華街ではなく、夕暮れ時の新宿署の会議室のドアだった。


「っす! かしら、今日はどこへカチコミですか」

「合同捜査会議だよ、北瀬」


 無遠慮に投げかけられた軽快な声音に振り向いて、中央の男は優しく笑った。低音だが柔和な響きもあいまって、笑みに崩れたきつく鋭い面差しに、ふっと人好きのする風合いがのる。彼こそが、非違検察課の捜査四係の班長、椚下くぬぎしただ。


「おっまえ、相変わらず無礼が服着て歩いてんのかよ。つか、なんだよ、そのかっこう」

 椚下の隣で、赤メッシュの頭髪の国家公務員が、苦虫を嚙み潰した顔で北瀬を睨む。北瀬はもちろん、またやっている、と、彼の隣で諦め顔の那世も、いまだ高校生の出で立ちのままであった。おとり捜査の報告、引継ぎ後、いとまを惜しんで捜査四係が間借りしている会議室へ、彼らを捕まえにきたのだ。


「やだな。佐倉さくらパイセンがその顔のせいでできない高校生役、やってさしあげてるんですよ」

「てめぇ、普段憚りなく呼び捨てのくせに、おちょくる時だけその呼び方すんのやめろ」


 こめかみに青筋を立てるだけで、さすが捜四というべきか、佐倉は迫力が違う。だがその威力がいささか半減して見えるのは、彼が本気ではないという他に、相手が北瀬であることと、ほかふたりの捜査四係が微笑ましげにしている部分が大きいだろう。


 北瀬と佐倉は、警察省への入省は高卒枠の佐倉の方が早いため先達となるのだが、年が同じなのだ。加えて、〈あやかし〉の佐倉は、危険な現場対応時などに先陣を切る。捜査一係で同じ立ち位置の北瀬とは、合同で職務に当たる際に助け合うことも多かった。それゆえか、このふたりは、互いにその上下の配慮を適当にしてよし、という関係に納まっているらしい。


「確かに佐倉じゃ無理があるものなぁ! お前らはさすがにそこそこ、様になってるじゃないか」

 見かけどおりの豪快な笑い声とともに、佐倉の相棒たるスキンヘッドの刑事が、彼の背をばんばんたたく。しかしその目じりのくしゃりと下がった笑顔は、思いのほか強面を人懐こいものに変えていた。


「痛いっすよ、早乙女さおとめさん」

「似合い過ぎるせいで、東口歩いてるだけで、もうかれこれ五回ぐらいスカウトされてんですよ。『君らふたりでぜひ!』みたいに。なんでちょっとサバ読んで、那世と一緒に普通の男の子に戻ろうかと」

「巻き込むな」


 ぐいっと腕組みとともに引き寄せられた秀麗な顔は、無の表情のまま冷たい一撃を言い放った。それに呆れた様で佐倉が畳みかける。


「十も年齢詐称すんのは、ちょっとの詐欺じゃねぇよ。つか、警察と比べたにしても、芸能人は普通の男の子じゃねぇだろうが。そもそも銃弾前に引かずに突っ込むてめぇが、カタギに戻れると思ってんなよ」

「お前はどう考えても、ファンに追われているより犯人を追っている方がお似合いだ。自分の攻撃性を甘く見るな」

「人を戦闘民族みたいにいう~」

 同い年と相棒の遠慮のなさに、形ばかり不満げに北瀬は唇を尖らせた。


「まあ北瀬は本当に、顔さえこっち系だったら、間違いなく捜四だったろうからなぁ。ですよね、班長」

「ああ、惜しいものだ」

 笑って楽しむ早乙女に、どこまで冗談なのか微笑みながら椚下もいう。


「それで、ふたりの本題はなんだ? うちになにか用があったんだろ?」

「ええ、ちょっと伺いたいことが。ですが、その前に椚下さん、こちらをお納めください。ミカジメです」

「おい」

 佐倉の短い抗議を聞き流し、北瀬はごそごそと学生鞄をあさると、そこから戦利品の猫のぬいぐるみを取り出した。


「ねこ団子ブラザーズの次男と三男です」

「ふむ。いい品だ。受け取ろう」

 北瀬のおどけた調子に合わせて椚下が手を差し出す。つぶらな瞳のまんまるの猫が二匹、大げさな恭しさでその節ばった掌の中にのせられた。威圧的な怜悧な眼差しが、ぎっとぬいぐるみたちを睨みつける――ようにしか見えないのだが、慣れた者たちには、その視線も表情も違って映るらしい。


「良かったですね、班長」

「お前、なんでうちの班長がねこ団子ブラザーズ好きって知ってたんだよ?」

「いや、捜四の椚下さんのデスク、グッズに溢れてるじゃん。一目見りゃ、刑事じゃなくても分かるよ」

 不可解げな佐倉に、なにを聞くのかと呆れ顔で北瀬は返す。


「これはクレーン限定品だな。大変だったんではないか?」

「その二匹はわりと楽に取れたんですけどね。ピンクのやつが全然捕まんなくて」

 まじまじと猫を鋭い目つきで見つめる椚下からの問いに、「さすが詳しいですね」と北瀬は笑った。彼自身は、クレーンゲームに張り出された『限定品』の文字でそのことを知った口であるし、なんならば、前から知った顔で那世に告げた『ねこ団子ブラザーズ』の名前も兄弟構成も、ぬいぐるみのタグとしてついていた小さいキャラクター紹介のカードで覚えた。それまでは、捜四班長のデスクに大量にいる謎の癒し系キャラクターでしかなかったのである。


「最初は椚下さんに貢ご~って、軽い気持ちで始めたんですけど、どうも俺、捕まえる系のものには熱くなっちゃう性質たちで。わりとピンクとは死闘を繰り広げましたね」

「結局、百円を溶かすだけ溶かして逃げられたがな」

「あの桜もち野郎、次こそしょっ引いてやる」

「てめぇ、やっぱ他の職業向いてねぇよ・・・・・・」


 佐倉は思わずげんなりとこぼした。かなり本気の舌打ちは、芸能界がその白皙はくせきの美貌に求めるものとは大いに異なるだろう。警察が彼の天職だ。


「つか、てめぇはなんでそんな攻撃性が高ぇんだよ」

「いや心外。攻撃性じゃないから。ただ、逃げられるほど追いたくなっちゃうだけだから」

「てめぇの前世は狩猟犬か」

「ならば今生は、たいして中身は変わってないどころか『待て』を聞かなくなったわけか・・・・・・」

「退化してんじゃねぇか」


 過りゆく彼の所業に遠い目をした那世に、同情の視線をやって佐倉が重ねる。北瀬は見た目ばかりは繊細なその面を、被害者の憂いに顰めてみせた。


「なにこの言いたい放題。ひどい。待たないのは無謀に追ってないからだよ。ちゃんと捕まえられる奴を見極めて追ってんの」

「桜もち野郎は?」

「奴は次、仕留める」


「警察には向いているかもしれないが、北瀬は賭け事はほどほどにした方がいいだろうな」

 短い那世の問いに闘争心を燃やす北瀬に、椚下はそう苦笑した。しかしその優しさをふっと悪戯心に変えて、あくどい笑みをその冷たい唇に引いてみせる。

「さて、ともかく、ミカジメ分はそちらの要求に返さないとな。望みの情報はなんだ?」

「班長、こいつの小芝居に付き合わなくていいんすよ・・・・・・」

「俺、椚下さんのそういうとこ好き~」

 控えめに物申す佐倉に、喜ぶ北瀬。それを脇目に、もはや相棒の制止をとうに放棄しきって那世は本題を切り出した。


「今日うちに入った殺しの殺害方が、瀬津川組の処刑スタイルに酷似してまして、刑事局に戻ったら資料を調べはするんですが、先にこちらで類似案件を伺っておこうかと」

 横から北瀬が差し出した携帯の現場写真を、捜査四係の怖い顔たちが一様に覗き込む。


「確かに似てるな。ナイフの柄を折るやり方は公けにされてない。組織外の人間の模倣は難しいだろう」

「ただここ十数年、この手の殺害事件はずいぶん減ってたからなぁ。類似ってぇと、直近では・・・・・・」

「オレが入りたての頃に一件ありましたけど、それ以降はないですね」

「八年は前か・・・・・・。それ以前の事件も、銃弾の線条痕のような情報はデータベース化されていたはずだが、詳細となると紙ベースのままのものもあるからな。手間がかかる。佐倉、会議は私とひかるで出ておく。お前は先にふたりと刑事局へ帰って、類似案件の確認につきあってやってくれないか」

「っす。分かりました」


 佐倉の心地よい返答を背に、椚下は北瀬と那世に軽くいとまを告げると合同会議へ向かっていった。その隣に従う早乙女の大きく広いいかつい背中を見やりながら、しみじみと北瀬がぼやく。


「早乙女さん、名前、光っていうんだよね・・・・・・」

「姓名と顔の不協和音がな。鬼殺し熊次郎とかなら、しっくりくるが・・・・・・」

「そりゃてめぇの相棒の中身だろ。つか、北瀬のせいで霞むけど、てめぇもわりと無礼を隠さねぇよな、那世」

「あと俺、いまわりと椚下さんの『光』呼びに驚いてるよ?」


 初めて聞いたと、北瀬は静かにこぼす。その飾り気のない素の反応に、佐倉は「あれなぁ」と頭を掻いた。そのまま話しながら、エレベーターホールに向けて歩き出す。


「班長の気が緩んでると、『光』呼びが出んだよ。あそこ元バディだから。組んでた時、同部署に同姓がいたから名前呼びしてたらしくってさ。班長、北瀬の貢物が相当嬉しかったんだな」

「それは良かったんだけど、俺のねこ団子ブラザーズのおかげで、いらぬ捜四知識が増えてしまったわけか」

「いらぬ言うな」

「あの猫のぬいぐるみ、そんなにお好きだったんだな・・・・・・」


 那世の目には色以外の違いが分からなかった猫たちは、確かに大切そうに椚下のスーツのポケットにしまわれていた。しかし、あの冷徹と神経質をかけ合わせた死神のような男のスーツの膨らみに、よもや丸い猫のぬいぐるみが潜められているとは誰も思えまい。


「やっぱ顔が怖いのに囲まれてるから、ああいう間の抜けたなごみが欲しくなるのかなぁ」

「オレらの顔のせいじゃねぇよ。なんつぅか、椚下さんは見た目がその筋なだけで、元から基本的に可愛くて小さいもんが大好きだから。たぶん前世は小鳥とお喋りできたプリンセスだから」

「転生時の神様の出力ミス甚だしくない?」

 佐倉の妙に確信の籠った言い分に、前世が狩猟犬の男は冷静な声音で切り込んだ。


「休日に娘さんとねこ団子ブラザーズのクッキー作りして、ちょっと不器用が過ぎてクリーチャーにして、しょんぼりしてたりするんだからな」

「その佐倉の『うちの捜四可愛いでしょエピソード』、もう広報誌に特集組んでもらいなよ。今度広報と打ち合わせの時、話ふっといてあげるからさ」


 言い募る佐倉に面倒くさげに北瀬は返して、エレベーターのボタンを押した。適当にあしらわれ、佐倉はその凶悪な顔に子どもじみた不満を浮かべる。だが、大人らしく苦言は飲み込み、彼は代わりに首を傾げた。


「お前ら、来年度もまた広報ポスター出んのか?」

「いや、今回は動画だそうだ。警察車両に乗車、下車したり、規制テープをくぐったり、身分証を見せつけたりするらしい。無駄にな」

「俺たち、無料フリーイケメン素材として完全に広報にマークされてるから」

「その通り過ぎるけど、あらためて自負されるとむかつくな」


 きらきらとした王子様顔を佐倉は強面で睨み下ろす。そこだけ切り取れば、完全に儚げな高校生男子を脅す悪漢だ。無論、よく観察すれば、高校生男子が異様にふてぶてしいことに気づけるだろうが。


「どちらかといえば、俺たちは都合よくブルーズ・バディだからな。広報としては、時勢的にそれで使いやすいんだろ」

「あ~、世間が思ってるより少ないもんな。契約者と〈あやかし〉のバディ」


 かく言う佐倉も、〈あやかし〉としての契約者はバディの早乙女ではない。この国には職業選択の自由があるので、契約者だから、〈あやかし〉だからといって、揃って警察官になる必要も義務もないのだ。


 ただ、契約者と〈あやかし〉のバディの方が、なにかと融通も無理もききやすいので重宝される。それはどこの国でも変わらないようで、他国ではブルーズ・バディと呼び習わされていた。その呼称が、ちょうど使いいいと輸入され、国内でも定着したのだ。訳せばようは、『痣ある相棒同士』といった意味である。


「俺がこっちに誘わなければ、那世は弁護士になってたみたいだからね。俺の手柄」

 得意げな北瀬に、佐倉は露骨な哀れみの目を怜悧な黒髪へと流した。


「那世・・・・・・お前、こんなヤクザもんに騙されて、前途有望な将来を棒に振ってたのかよ」

「出会ったのが運の尽きだったな。この仕事がこうも骨までしゃぶられるものだったとは、さすがに思ってなかったが・・・・・・」

「君たち警察組織への尊い貢献にひどい言い草だな~」


 わざとらしく滲む哀愁たちに、おどけた調子が歌うようにいう。

 折よく開いたエレベーターの扉に、三つの人影は、仲良く入り込んでいった。







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