第二章 となりの国の人形姫

第1話 国境へ


 城門の前に旅装の騎士団員が馬を寄せて整列していた。


 大人の騎士六人、少年騎士四人の計十名。

 全員が深緑色の揃い色のマントを羽織り、鞍には野宿に備えた装備類も括りつけられている。


 隊長騎士は騎士団の最年長、齢五十手前の目尻に深い笑い皺の刻まれた穏やかな人物だ。騎士団員ではあるもののどちらかというと交渉を得意とする人材で、今回の任務では重要な役目を果たす事となる。



 少年騎士を統括するのはアーノルド。このたび少年騎士班の班長を任命され、初めての役職にそばかすの散った低い鼻を高くしている。

 付き従うのはいつもの太目の少年と細身の少年、そしてカートという顔ぶれなので、班長と言っても今までと何も変わらないのだが。



「夕べは興奮して眠れなかった。国境まで行くのは初めてだし」


 アーノルドは夢を見るような様子でうっとりとしている。


「遠足前の子供みたいですね」


 思わずカートが口にした言葉に、アーノルドの顔は恥ずかしさと怒りでみるみる上気した。慌てて二人の取り巻きがフォローする。


「わくわくしますもんね、俺も眠れませんでしたアーノルド様」

「国境の丘からは海が見えるそうですよ、興奮して当然です」


 それでもアーノルドは露骨な不機嫌さで、カートを睨みつける。


「すみません、失言でした


 申し訳なさそうに、カートが「班長」と呼んだ瞬間、アーノルドの顔がへにゃっと緩み切り、カートはほっと息をつく。



「おまえたち、じゃれるのはそれぐらいに、団長の挨拶だぞ」

「はい、すみませんでした」


 改めてカートは前に向き直る。



 整列する彼らの前には、騎士団長のヘイグが立つ。褐色の瞳は厳しい光を湛えており、人当たりの良い柔和な微笑みは今はなく、厳しい面持ちで旅立ち前の部下を見やる。


「先月の戦闘以降初となる隣国との重要な交渉の機会である。先方から派遣される使者を護衛するのは特に重要な任務だ。政情不安のあるドアナ国の国境まで行くのだから危険があるかもしれないが、無事に任務を遂行して欲しい」

「使者の方には無事、この城門を潜っていただけますよう尽力致します」


 隊長騎士の宣誓を聞くとヘイグは頷きで応えた。



 ドアナ国境までは三日かかる。


 往復一週間の旅程。十騎は南に向けて馬首を巡らせた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 街道をゆっくりと進む。


 よく整備されたラザフォード国の街道は、馬車がすれ違える幅があり、轍の乗る部分は石畳が敷かれている場所も多い。

 道の脇には木陰を作る並木が植えられ、暑い季節も日中の移動を楽にしてくれている。


 常春の国といわれるこの国にも四季はあり、雪は降らずとも凍えるような日もあるし、汗ばむ陽気の時期もあるから、このように旅人に配慮するのは当然であった。


 今の季節は秋の終わりに差し掛かったところ。旅をするには良い気候であるから、温度も日差しもとても快適だ。



 精霊の言葉により、交渉や交易をメインに今まで平和を維持してきた事もあり、交易に使われる街道の整備と治安は常日頃から管理が徹底されている。

 どの宿場町も賑わいを見せ、アーノルドだけでなく他の騎士達も戦場に行くわけではないこの旅は楽しみでもある。



 少年騎士を同行させるのは若い彼らに見聞を広げさせるため、経験を積ませるという理由も大きい。



「政情不安と聞いてはいるけど、ドアナは今どんな感じなんだろ」


 細身の少年が垂目がちの目線をカートに向ける。カートはピアを教師として最近ずっと国交や貿易についても教わっていて、当然ドアナについても詳しく聞いていた。


「国王の采配への不信感が募り、地方で民衆の蜂起があったようです。海岸沿いの街では海の民と独自に盟約を結んでいるとか」

「あの王様、いい噂を聞かないもんなぁ、すごいデブらしいし」


 と、太目の少年が言った。


「王家の存続自体が危うい状態だから、使者を送ってラザフォードと和解したいという気持ちがあるんだと思います。もしかしたら助けてくれという内容の可能性も」

「それなら最初から戦争なんて仕掛けなきゃいいのに」


 アーノルドがまっとうな事を言い、続けて疑問を口にする。


「国王の噂しか聞いた事ないけど、王族の構成はどんな感じなんだろ?」

「五人の姫君がいらっしゃるそうです。ただ、皆さんそれぞれ母親が違うとか……しかも王妃という方はいらっしゃいません」

「えっ! 結婚もせずに五人の女に子供を産ませたのか!? それはうらやま……けしからんな!」


 アーノルドがまっとうじゃない事を言いかけた。


「年上の三人の王女殿下はすでに他国に嫁いでいるようです。政略結婚、国益優先で、ほとんど人身御供のような嫁ぎ方をしているとかで」


 他国の事を学校ではろくに教わらず、話題にする事もなかったこの国で育っていると、知らない事がたくさんあり改めて学ぶといかにこの国が平穏なのか思い知る。

 この平和を構築していた精霊の采配と同じ事が、人間に出来るだろうかという不安はずっと、カートの心にくすぶっていた。

 同じ人間の支配となれば、他国の様子はラザフォード国の未来の姿ともいえる。


「娘が大事じゃないのか?」

「自分以外は全部道具、という国王のようですよ」

「とんでもないな」


 そんな国王の出す使者と、まともな交渉が出来るのであろうか。

 急に使者を出すという連絡が来たというのも気になる。何かまたよからぬ事を思いついたのではと。


 不安はあれど騎士達の旅路は穏やかで、不測の事態もなかったため野宿の機会もなく、宿場町の快適な宿で眠り、当地の名産を使った食事に舌鼓を打つという感じで、ただの旅行に来ているような満喫具合をアーノルド達はしている。


 カートも宿泊を伴うほど王都から大きく離れたのは白い塔に行った時ぐらいだったので、見る物全てが新鮮で、南に行くにつれ上がって来る気温の変化さえ楽しく感じていた。

 植物も、鮮やかな色合いの花が増えて来て、南国の雰囲気が出て来る。


 ピアからも、しっかり地方の様子を学んで来るようにと言われていたので、地元の人に話しかける事も積極的に。



 貿易が盛んな地域に入って来ると隊商とすれ違う事も増え、賑やかさは増す。

 王都の賑わいとはまた違った人出の多さを誇るドアナ国境手前の最後の宿泊地で、食事の後は早々に部屋に引き上げる他の騎士達を見送るとカートのみ食堂に残り、最近の隣国との付き合いについて宿の主人に聞いてみる事にした。


「この辺り、ドアナの方の行商も多いと聞きましたが、最近は?」

「海産物の行商人は普段通り来てくれるよ」

「治安や難民の類は大丈夫そうですか?」

「特に悪くなったとも聞かないねえ。商売に関しては以前より、他国のものが入るようになってきた。海の民と和解したとかで」


 カートはその言葉に眉根を寄せる。


――まだ、海の民との和解は国としては成っていないはず。



 もう民衆は国王を見捨てて自分達の判断で行動しているのではないかと思えた。それは、愚鈍な国王の支配を断ち切ったという事で喜ばしい事なのかもしれないが、カートはピアの教育で、国として体裁を維持するためにある程度の組織が必要だという事も知っている。


 民衆がそれぞれの判断で自由気ままに行動する場合、国という単位でのやり取りや交渉が随分と難しくなる。


 今回は使者を王都まで護衛する任務を担っているだけではあるが、交渉の行方も気になるし、使者との交渉がうまくいっても、国王の支配が失われた国に対しては交渉結果が無意味になる可能性もあり、実際は全く楽観視できない事に気付くと、出発時にヘイグが随分と難しい顔をしていた理由に思い当たり、すっかり少年からは観光の気分は抜け落ちた。


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