第17話:起死回生(5)


 キラが近づくと、オーガは白目を剥いて、ヨダレを垂れ流している。

 そして突然、目を見開いたかとおもうと、キラの腕を凄い力でにぎり、雄叫びをあげ立ち上がった。


「うりぃぃぃぃぃ!」


 キラは腕を引っ張られ、身体が宙づり状態となる。

 そして、オーガはカウボーイが投げ縄を回すように彼を振り回し、そのまま地面目へ叩きつけた。

 キラの身体は、放りだされた人形のごとく地面を跳ねる。


「ぐはっ」


 衝撃で、口から勢いよく血が噴き出す。


「やろう……。油断したじゃねーか!」


 腹ばいになったキラが、起き上がりざまそうつぶやいた。

 そして、片手で血をぬぐうと、地面へ向かって赤いツバを吐く。


 どう考えても、降参したオーガがとる行動には思えなかった。

 しかも、勢いあまって自分の小指まで折ってしまっている。

 その指が、不自然な方向に曲がっているのが確認できた。


――こいつ痛みも感じてねーな。多分あの矢に、妙な薬が塗られてたんだろう。


 キラの読み通り、矢には魔力で強化した「錯乱病さくらんびょう」ウイルスが仕込んであったのだ。

 錯乱病とは、人や獣を狂わせ死に追いやる、この世界の感染病である。

 この病にかかれば、患者は正気を失い、周りにいる者を見境なく襲うという。

 しかも発症の際、脳が制御する「力のたが」も外れ、通常の何倍もの力を発揮するのである。


「キラ、そいつはもう治らん! 噛まれて移される前に、息の根を止めるんじゃ!」


 入場門のジュードが大声で叫ぶ。

 それを聞いたキラは、拳をにぎり目の前にいるオーガを見つめた。


 刹那、オーガが牙を剥き出し、その強靭な刃でキラに襲いかかる。

 そのスピードは、今までとは比較にならない勢いであった。

 キラはオーガを見据えたまま、その場に立ち止まっている。


「危ない!」


 ジュードがそう叫んだ途端、彼の拳がオーガの額を突き刺した。

 脳天を打ち抜き、痛みを与えず即死させたのであろう。

 額は深く陥没し、両目がその窪みからこぼれ落ちる。

 そのあと少し遅れて、凄まじい残響ざんきょうがあたりに鳴り響いた。


 キラは、その場でオーガに手を合わせ、短い黙とうをささげる。

 そして、矢の飛んできた小窓を一瞥すると、くるりと背を向け入場門へ歩き出した。



 その様子を小窓から覗いていた看守長は、手に持ったグラスを壁へ投げつける。

 ガラス製のさかずきは粉々に砕け、中身のぶどう酒があたり一面に飛び散った。


「どういうことだ? 途中から超人みたいになりやがって! あれじゃ、見せしめにならんではないか! しかも、規定どおり金バッジまで与えねばならんとは!」


 怒りで歯ぎしりする看守長のとなりで、矢を放った眼帯の看守が、割れたグラスを冷静に拾い集める。



 キラが入場門へ帰ってきた。

 キラとジュードは抱擁をかわし、喜びを分かち合う。

 彼らは部屋へ戻ろうとしたが、看守に少し待つよう引き止められた。


 しばらくすると、看守長が歩いてくるのが見える。

 そして、二人に近づくなり、開口一番こう言った。


「信じられんが、よくやった。不本意だが、規則なのでこれを渡しておこう」


 看守長はひきつった顔で、金色のバッジをキラに手渡す。


「なんだこりゃ? 勲章とかってやつか?」


「これは、大金星を上げた者や、卓越した選手だけに送られる名誉ある階級章だ。このバッジをつければ、この地下にある特別な下層階で生活することができる。詳しくはそこにいる変わり者に聞け!」


 それだけ言うと、看守長はそそくさと立ち去った。


「なあ、おやっさん、これどういう意味だ?」

 キラがバッジを、何度も空中に放り投げながらジュードに問いかける。


「ここでは、階級によって住む場所が変わるんじゃ。階級は3つあっての、金と銀、それからバッジなしじゃ。わしらがいるところがバッジ無しの者たちが住む大部屋で、金と銀は地下の個室で住むことができる。銀の個室は大部屋を小さくしただけの質素なものじゃが、金の個室は豪華なものと聞いておる」

「そうなのか、でも絶対住まなきゃいけねー訳じゃねーんだろ?」

「その通りじゃが、普通は皆よろこんで部屋を移るぞ」

「でも、麗奈を1人にする訳にはいかねーから、このことは黙っておいてくんねーか?」

「そういう訳か、わかった。黙っておくから安心せい」


 話が済むと、二人は看守に連れられ、元の大部屋へと移動した。

 道中ジュードとじゃれ合い、看守に注意されるほど浮かれている。

 部屋へ戻ると、いつもの場所に麗奈を見つけた。


「おかえりなさい、無事だったのね! よかったわ!」

「ありがとう、それよりすっげー発見したんだぜ、このタトゥーの……」


 そう言いかけた時、麗奈の奥にもう一つ人影があることに気がついた。

 どこか懐かしいシルエットである。


 キラが手にした松明をかざす。

 そこには、死んだはずの敬吾の姿があった。


「うぁあ、おばけ~~~!?」


 そういって、キラは後ずさりする。


「驚かせてすまない、どうやら俺は生き返ったみたいだ。幽霊じゃないから心配しないでくれ」


 敬吾がそう釈明すると、麗奈が2人をとりなす。


「まあまあ、びっくりするでしょうけど、彼は私の危ないところを助けてくれた恩人なの。言ってみれば、私の為に生き返ってくれたようなもの。そうよね、敬吾?」

そういうと、敬吾がすこし照れた笑いをした。



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長い闘いがようやく幕を閉じた。

次号、戦利品の内容が明らかに!?


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