第16話:起死回生(4)



「キラ~~! 避けろ~~~!」


 大声でジュードが叫ぶ。

 その声も虚しく、オーガのかぎ爪はキラの腹にめり込む。

 しかし、めり込んだはずの爪を、キラが両手で押し返している。


「信じられん! 俺の一撃を人間のお前が止めただと!?」

 オーガは驚き、キラを見つめる。


「いや~、何が何だか分かんないんだけどよ~。とにかく最高の気分ってやつだよ」


 キラがそうつぶやくと、首を背後の地面へ叩きつけ、反動だけで立ち上がった。

 その肩に、以前あった光は消えている。


「なんて身のこなしじゃ、あんなの見たこともないぞい。どんな首をしておるんじゃ?」

 ジュードは思わず驚愕し、見間違いではないかと目をこする。


 立ち上がったキラは、首を鳴らしてこう続けた。

「もうさー、あんたじゃ俺に勝てねーと思うんだ、オーガさんよぉ」


「何だと、俺の攻撃を一度止めたぐらいで図に乗るんじゃない!」

 オーガはそう言うと、斜め上から右手のかぎ爪をキラめがけて振り下ろした。


 その瞬間、キラの姿は消え、いつのまにか自分の背後に立っている。


「な?」

 涼しい顔をしてキラが笑った。


「どういうことだ? いつの間にそこへ来たんだ?」

「それより、爪を見てみな」


 キラに言われ、自分のかぎ爪を確かめた。

 なんと、ナイフのようなかぎ爪が、途中で全てへし折られているではないか。


「お前がやったのか? 一体何をした?」

「何をしたって、見りゃあわかるだろ? 爪を折ったんだよ。避けるだけじゃなく、折る余裕まであるってことだよ。お前の攻撃がスローモーションにみえて退屈なんだわ。もう止めにしねー?」

「ふざけたことを! どうせ何か小細工をしてるんだろう!」


 そう言うと、今度は左の爪を叩きこむ。

 しかし次の瞬間、キラは5mほど先まで移動していた。


「すまねー、そっちも丸めちゃったけど、俺も足痛かったからおあいこな!」


――いつの間にあんな距離まで……!


 そういえば、傷つけたはずの足も使えているようだ。

 出血はあるものの、移動には支障なさそうである。

 オーガは自分の両爪を見つめ、悔しさに震えた。


「俺をこけにしやがって、もう許さん!」


 そう言うと、猛烈なスピードでキラ目がけて突進してきた。


「しゃーねーな、白黒つけっか!」


 またしてもキラが視界から消る。オーガは走りながらその姿を探した。

 探している横を、キラが同じスピードで疾走し姿を見せる。

 そして、走る足めがけてジャブを放つ。


 つんざくような轟音とともに、足に激痛が走った。


「うぉぉぉぉぉお」

 痛みで麻痺した片足が絡まり、勢いのついた身体が地面を転がる。


「おら、立てよ。もうちょっと遊んでやっから」

 キラはそう言いながら、ファイティングポーズをとり、眼前に立ちふさがった。


 オーガは足を引きずりながら、立ち上がる。

 今度はリーチを生かしたストレートパンチを浴びせてみた。

 キラはその間に、腕にジャブを数発叩き込み、相手の周りを軽やかにサークリングする。


「ぎゃあああ」


 オーガの腕に激痛が走った。痛みと恐怖から、足も全く動かない。

「身がすくむ」という言葉どおり、目の前の敵に勝てないことを、本能が理解したのだ。


「よし、いいだろう。お前の勝ちにしといてやる……」

「何? 聞こえない。やっと身体が温まってきたんだ。早く立て。ほら、ビシッ! ほら、ビシッ!」


 そういうとキラは、かがみこんでいるオーガの肩に音速ジャブを放った。


「うぎゃ~~! 俺が悪かった。 だからもう止めにしてくれ、頼む!」


 キラにとっては軽めのジャブだが、オーガにとっては耐えがたい痛みのようだ。

 まるでムチに打たれた、サーカスの猛獣である。

 この姿に、会場は爆笑の渦に包まれた。


 笑い物にされようと、命あってのものだねであろう。

 オーガは恥を忍び、うつむきながら人差し指をキラの前に突き立てる。


「おめー何やってんの?」

 不思議そうにキラが尋ねた。


「闘技場での降参の合図だ」

 悔しそうな表情でオーガが答える。


その瞬間、試合終了のホーンが鳴りひびく。

 キラは片手を高らかに上げ、自らの勝利を示した。


「あいつ、やりおったわ! 信じられん! どこにあんな力を隠しておったんじゃ!?」

 ジュードはそう言うと、看守のほうを向き、勝ち誇った顔をしてニヤリと笑う。


 負けを認めたオーガは、ショックからその場を立ち去れずにいた。

 ただじっと、看守から渡された短剣を見つめている。


 そこに突然、入場ゲート横から一本の矢が放たれた。

 矢はオーガの耳穴じけつへ刺さり、その巨体が前方へと沈む。

 それに気づいたキラが、そばまで駆けつけた。


「おい、大丈夫か、おめー! しっかりしろ!」



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矢は誰が放ったのか?

そして、オーガは……


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