第14話:起死回生(2)


 間近で見るオーガは、そびえ立つ山のようだった。

 身長は、キラの倍ほどあるように見える。


 体からのびる長い手足が、俊敏さを物語った。

 手には真っ黒なかぎ爪が生え、頭にコブのような2本角。下あごからは、猪のような牙をのぞかせている。


 全身黒い皮膚に覆われ、古びたブロンズ像のような質感だった。

 体毛もあるようだが、黒い皮膚との境界が分からず、はっきりとしない。

 上半身はプロテクターに包れた、アメフト選手のようなフォルムである。

 肩の筋肉が盛り上がり、自在に腕を操れるのが伺えた。


――間合いに入ってきたな!


 呼吸音まで聞こえる距離である。

 オーガが、腕を大上段に構えた。そして、力まかせに顔面を狙う。


 およそ5mから落下したそれは、もの凄い勢いで空を切った。

 食らえば、真っ二つになるだろう。

 キラはボクシングの防御、ダッキングで回避する。


――っぶねー! 想像以上に攻撃がはえー!


 紙一重でかわしたキラが、冷や汗をかいた。

 そこから堰を切ったように、オーガの猛攻が始まった。

 両の腕で、上から横から、縦横無尽に斬撃を繰りだす。


 窮地に立つキラも、得意なステップでかわし続ける。

 以前、50kgを背負って修行した成果が生かされているようだ。


 そろそろ、相手の攻撃にも目が慣れてきた。

 反撃せねば、反則負けする頃合いである。

 右からかぎ爪が来ると見るや、キラは左に飛び出し、全力でそのすねを蹴った。

 本来、下半身を蹴るローキックは、外側にある筋肉を狙うと効率がよい。


 だが、背の高いこの鬼の太ももは、彼の肩ほどの高さにある。

 距離の長いハイキックを繰り出すには、時間的な余裕がない。

 かといって、キックより威力の劣るパンチでは、体内で最大と呼ばれる、大腿筋だいたいきんへ効かすことは難しい。

 脛を蹴ったのは、キラにとって苦肉の策である。


――かってー! 硬いだろうと思ってたけど、岩を蹴ってるようだぜ!


 敬吾対策で、幾本もの大木をなぎ倒したキラであったが、オーガの脚はそれ以上に硬いようだ。

 しかし、あの修行がなければ、今の一撃で彼の足が折れていたかも知れない。


 脛を蹴られた相手が、長い下あごの牙を見せニヤリと笑った。

 キラの攻撃をせせら笑ったのだろうか。


 刹那、オーガは微妙に攻撃を変化させる。

 今まで、ななめや横からだったかぎ爪が、垂直な軌道へと変わったたのだ。

 500kgの体重を乗せ、キラの頭上へ降りかかる。

 まるで、ショベルカーの爪が迫ってくるようだ。

 凄まじい音をたて、容易く地面がえぐられる。


 最初こそ、これまでの軌道より、凌ぎやすいと思っていた。

 だが、真上から降ってくる爪は、今まで以上に頻度を増す。

 忙しなく反復横とびさせられ、逃げまわっては反撃した。


 そうしている内に、試合は開始から10分ほどが経過する。

 先に、キラのスタミナが尽きそうであった。

 肩で息を切らせつつ、目の前の鬼を見上げる。だが、相手は呼吸ひとつ乱していない。


――なんてスタミナだ。思ってたよりも、疲れっぞ。こんなのを、あと20分も続けるのかよー。


 しかし、足が止まれば命はなく、絶対に立ち止まれない。

 時折ふらつきながらも、必死で動き続けた。


 またしてもオーガの一撃が、頭上から飛んでくる。

 しかしその時、片足が柔らかい土にしまった。


――ステップが間に合わねぇ!


 相手は、これを狙って地面の土を掘り返していたのだ。

 苦し紛れに体を反らすも、巨大な指爪しそう大腿だいたいを貫く。


「うぁああああ!」


 鉄柱で肉をえぐられるような、激しい痛みがキラを襲う。

 足は格闘家の生命線だ。

 ローキックなどで足の自由を奪われると、どんな選手も1分持たずに倒される。

 動き回って防御することも、攻撃することもできないからだ。

 しかしその矢先、さらに信じられない事態がキラを待ちうけていた。


「もうこれで逃げられまい」


 なんと、知能が低いと思われていたオーガが喋ったのである。


「お前、しゃべれるのか……?」


 動揺でキラの声がうわずっている。


「だれが喋れないと言ったのだ? それとも見た目で判断したのか? 傲慢な人間め! ここにいる亜人は、皆言葉が解せるのだ。マヌケが!」


 衝撃的な事実である。

 食事を道具も使わず貪っていた獣だから、知能が低いと高をくくったのは事実だろう。


「でも、部屋で誰もしゃべらなかったじゃねーか。話せるなら、もっとコミュニケーションとるだろ、ふつー!」


「馬鹿め。看守や人間のいるところで、ペラペラ話す阿呆はドワーフとゴブリンぐらいのものだ」


「え! やっぱ、あのゴブリンしゃべるのか! つーか、じゃあ何で今、おめーは俺に話しかけてんだよ!」


「それは、お前が想像よりも強かったからだ! 正直、こんなに手間取るとは、思ってもみなかった。人間など、俺たちにかかれば一瞬で食われ、ろくな攻撃もできん下等生物よ。だがお前は違った。俺に穴を掘る策まで講じさせ、痛みを伴う攻撃をしてくる。こんな人間は今まで見たことがない。せめてもの、はなむけだ」


 脛を蹴った時に見せた、反応の謎がようやく解けた。

 今、キラに話しているのは、相手へのリスペクトの為であり、誇り高い戦士であることも想像がつく。


「おーおー、はなむけって言うんならよー、降参するから見逃してくんねーか?」


「なんと性根の腐ったやつ! 簡単に負けを認めるなど、闘士の風上にもおけん。お前はゴブリンと同等だ! やはり、この場でそのはらわた食らってくれるわ」


「おい……ちょ、まて! 俺は足やられて動けねーんだ!」


 その瞬間、肩で光っていたタトゥーが点滅しはじめたのを感じた。


――なんだよ、こんな時に? 今それどころじゃねーってば!


 たしかに、タトゥーを気にする余裕はない。

 この瞬間にも、殺されようとしているのである。


「問答無用だ、死ねー」


 オーガはそう言うと、巨大なかぎ爪をキラの腹に振り下ろした。


「逃げろ、キラ! 何でもいいから身体を動かすんじゃ!」


 ジュードが叫ぶ。

 彼の処刑を期待する観客たちとは裏腹に、その声だけが虚しく響きわたった。



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足を止められ、万事休すのキラ。

点滅しだした光の意味とは!?


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