第13話:起死回生(1)


 選手入場を告げる銅鑼が鳴り響く。

 入場門が開かれる瞬間だ。

 金属のフレームと鉄格子がこすれ合い、キリキリと不快な音をたて、ゆっくりと開いていく。


 闘技場に足を踏み入れ中に入ると、以前ここにいた時よりも明るく感じる。

 天井から、巨大な反射板をつかってスポットライトのように選手を照らしているからだ。

 キラは目を細めながら、それを見上げる。


 対面の城門も上がり始めたようだ。

 遠目からも、オーガの巨体が確認できる。


――こんな怪物と戦うことになるなんて、全くついてねー日だぜ……。


 キラは右肩にある死神のタトゥーに触れた。

 麗奈の言った通り、光っているのが見なくても感じられる。


 死神のタトゥーは戦いにとって不吉なものだが、彼にとってはお守りのような存在だった。

 その伝承は、死の間際に命を奪いにやってくる魔物の話。

 彼は、自分が死神に成り代わり、相手の命を奪うといいたいのか?

 それとも、その日に備えて、覚悟を決めているのであろうか?


――なぁ、死神よ。いつかおめーに会わなきゃいけないのは知ってるぜ……。

 キラは心の中でタトゥーに語りかけ


――でもそれは……


 小脇に抱えたぼろ布を握りしめる。


「今日じゃねーぜ!」


 そう口に出して叫ぶと、布を空中にひろげ、右肩に背負ってひるがえした。

 しかも、あろうことかこの男は、更にとんでもない宣言までしてしまう。


「えー、ご来場の皆さま……」


「本日は、私めが闘牛ならぬ闘鬼ショーをご覧にいれます」


 なんと、オーガ相手に闘牛のまねごとで、観客を楽しませようというのか!?

 ただでさえ不利な試合だというのに、一歩間違えば、即死もありうる。

 普通ならば、オーガの動きを観察してから、対策するのが順当だ。

 しかし、観客たちはこれを歓迎し、場内に大きな拍手が巻き起こる。


――のるか反るか、やってやんぜ!


 彼がそう思った矢先、開始の合図が時を告げた。


 ホーンが鳴るや、キラはボロ布をマタドールのように両手へ持ち替え、体をすっぽり隠すと、布をなびかせた。


「はいはい。鬼さん、こちら~~!」


 まるで子供の遊びのように、オーガを挑発する。

 オーガは信じられないスピードで、キラへ一直線に突進してきた。

 城門から城門まで、40mはある。その距離を1~2秒で突っ込んできたのだ。

 オーガの頭突きが布を突き抜ける。

 しかし、キラはひらりと身をかわし、見事にオーガの初撃をかわした。

 場内からは、歓声と口笛の吹く音が響きわたる。


「よーし、いいアイデアだ! すこしでも時間稼ぎをするんじゃー」

 ジュードが鉄格子を掴み、そう叫ぶ。


 肩透かしを食らったオーガは勢い余って、城門横の壁に激突した。

 時速100Kmものスピードで500kgの巨体が衝突し、ドーンという大きな音と共に、衝撃が地面まで伝わる。

 身を乗り出していたジュードは驚きのあまり、一瞬鉄格子から手を離した。

 並みの壁なら、この衝撃で瓦解がかいしてもおかしくはないだろう。

 この建物の異常なまでの頑強さは、こういった事態を想定してのことだったのだ。


 キラはオーガを確認しながら、闘技場中央までゆっくりと移動する。

 そして中央までくると、再びオーガを挑発した。


「やー、危ねー、危ねー、あとちょっとで身体がぐしゃぐしゃになるところ……」

「で・し・た・が~~~、残念!」


 そう言いながら、今度はあかんべえをして見せた。

 これにオーガは腹を立てたと見える。

 再び、布目がけて猛突進した。

 またもやキラは寸前で身をかわし、攻撃から身を守る。

 一方のオーガは勢いが止まらず、キラを通り越し、ようやく反対側の中腹で止まった。


「いや~、今のも、ほんと惜しい! 次はがんばれよ、ポンコツ鬼!」


 キラがそう言いながら、再び布をはためかせる。

 オーガも意固地になって、これを追った。

 またしても半身を反らし、やり過ごす。


 今度はかわした直後に、オーガへ一撃を加えた。

 さして大きな反撃ではなかったが、オーガのスピードにキラの目が慣れてきた証拠である。


「ナイスだ、キラ! 今のも有効じゃぞ!」

 ジュードは再び身を乗り出して、応援に夢中になった。


 キラはふざけた態度をとっていたが、その実しっかりと相手の動きを分析している。

 彼は決して頭が良い訳ではないのだが、試合中の冷静さと判断力は天才的であった。


 オーガの初動からトップスピードまでの時間や、静止するまでの距離なども頭にインプットする。

 今の一撃は、動体視力だけに頼ったものではなく、その分析から予測したタイミングが成せるわざであった。

 この派手なパフォーマンスは、彼の作戦勝ちだったといえるだろう。


 しかし、一撃を食らったオーガは、我に返ったのか、今度は両手をひろげジリジリとキラに近づく。

 そしてある程度距離を詰めると、鋭いかぎ爪で、なびくぼろ布を、真っ二つに切り裂いてしまった。


「闘牛ごっこは、もう飽きたってか? えらく、せっかちじゃねーか! せっかちなオスは、メスにもてねーぞ」


 今までのパフォーマンスは、もう通用しないというに、キラが悪態をつく。

 これから、いよいよオーガの本領発揮であるというのにである。



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ついに接近戦となった2人の対決。

果たして、ジュードの秘策は通用するのか!?


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