第10話:それが狙いか


 話に夢中になっていると、いつの間にか他の選手たちが消えていた。

 そろそろジュードの番である。


「おい、ドワーフ、出番だ!」

 看守が声をかけた。


「ちょっくら遊んでくるわな」

 そう言うと、ジュードは立ち上がり、看守とともに出口へ向かった。


 キラは控室の奥にある、小窓へ続く通路に向かう。

 ここの建物はどこも、厚さ10mほどの、壁と呼ぶには分厚すぎる隔たりに囲まれている。

 その為、通常の小窓では視界が極端に狭くなるのであろう。

 壁の中をくり抜くように通路を設け、その先に窓があるのだ。

 当然出入口もトンネルのような通路となっている。


 奥へ突き当たると、分厚い鉄格子の窓から闘技場が見渡せた。

 ジュードが短い足で、ちょこまかユーモラスに入場してくるのが見える。

 対するは、狂暴そうな2mの獣人ウェアウルフだ。

 どう見ても、勝負は明らかに思われる。


――余裕ぶちかましてたけど、ほんとに大丈夫なんだろうか?


 キラは心配であった。

 あの身長差では、相手に攻撃が届かないだろう。

 しかも、狼の獣人ならば動きも素早いはず。

 手も足もでないジュードの戦いぶりが、目に浮かぶようだった。

 先のドワーフの一件もあり、悪い予感がする。


 突然ドスンと、入場門の鉄扉が下りる音がした。

 至近距離のため、振動まで生々しく伝わる。そして同時にホーンが鳴った。

 ついに試合開始である。


 ウェアウルフは長い手足を使い、四つ足で駆けてきた。

 駆けるというより、超高速にカエルさながらのジャンプを繰り返し、移動しているといったほうが良いかも知れない。

 四足歩行するには、手足が長すぎるのだと思われる。

 俗に、ギャロップともよばれる走法だ。


 しかしそのスピードは驚異的で、あっという間に2人の距離は縮む。競争犬のグレイハウンドにも匹敵するほどだ。

 ちなみにグレイハウンドの最高速度は時速72kmにも達する。


 刹那、ウェアウルフがジュードの喉元へ鋭い牙をむけ飛びかかった。

 ジュードは喉元を手で庇いながら、身をかわす。

 牙は避けたが、半身にぶつかり、衝撃で体が回転ドアのようにくるりと回る。


 初撃をかわされたウェアウルフは反転し、再びジュードへ襲いかかった。

 これに目が慣れたのか、ジュードは上体を反らして軽くいなす。

 今度は、ウェアウルフが至近距離から跳ね、ジュードの腕を狙う。

 ジュードはその胴体を捕らえると、大外刈りのようにウェアウルフを地面に叩きつけた。


「っしゃー! そのままマウントとってボコっちまえ!」

 興奮してキラが叫ぶ。


 しかし、ジュードは再び距離をとり、相手に「来い」とばかりに手招きをした。

 招かれるように、ウェアウルフが立ち上がる。

 四足歩行では捕らえにくいと思ったか、今度は二本足で上体を低く構えた。

 まるで、アマチュアレスリングのような構えである。


 ウェアウルフの鋭いかぎ爪が、ロングフックのような弧を描きジュードの顔に襲い掛かった。

 ジュードはかがむような姿勢でこれを避け、ウェアウルフの腹にパンチをねじ込む。

 あまり体重が乗ったパンチではなかったが、意表を突かれたウェアウルフは慌てている様子だ。


 ウェアウルフがかぎ爪の攻撃をくり返す。

 ジュードはその都度うまくかわし、細かい一発を入れ、ヒット・アンド・アウェイで立ち回った。

 おそらく、ウェアウルフの攻撃が単調すぎ、軌道が読めているのであろう。


――おやっさん、けっこう目がいいな。


 キラはジュードを見直した。

 相手の攻撃パターンが読めるとはいえ、獣のスピードで襲われているのである。

 初動が見えなければ、わかっていても攻撃をかわしきれないだろう。


 攻めあぐねるウェアウルフは、攻撃の多彩なボクシングスタイルへと転じていった。

 ボクシングならストレートやアッパーなどあらゆる軌道の攻撃が可能だからだ。


 近代とは程遠いこの世界で、獣人がボクシングをすることに疑問に感じるかもしれない。

 しかし生物が殴り合うのは、自然に発生するものと思われる。


 ボクシングは近代スポーツに思われがちだが、ルーツは非常に古く、紀元前4000年には壁画にその原型が描かれているほどだ。

 古代ギリシャのオリンピックにも正式な種目として、ボクシングが登録されていたという。

 カンガルーやシャコは言うに及ばず、ゴリラなどの動物も自然とボクシングを行っているのである。


 しかし、常にかぎ爪と牙で獲物を狩ってきた獣人には、殴り合いは不慣れそうであった。

 そのパンチは素人のように腰が入らず、体重の乗らない「手打ち」のみである。


――この後どうするつもりだろ? 相手のパンチが下手でも、身長差がありすぎてリーチ足りねーじゃん。


 キラが心配するのも無理はない。

 現に今、2人が並んでいると、身長差が2倍ほども違っているからだ。

 当然、そのリーチも2倍ほども違い、ジュードのパンチは全く当たらないということになる。


 対策をとるかのように、ジュードが目いっぱい重心を落とす。

 これだけ低い位置に構えられては、ウェアウルフはパンチが打ちにくい。

 自分のひざほどの高さにある標的に、どう対処するか迷っているようにも見える。


 生物は混乱すると、同じ行動を繰り返す習性がある。

 一度殴り合うと決めたウェアウルフも、目まぐるしく変わる状況に対処しきれず、「蹴る」「掴む」といった選択肢を捨て「殴り合い」を続けるようだ。

 ウェアウルフが殴り合う姿勢のまま、大股を開いて前のめりになる。


 刹那、これを待っていたかのように、ジュードは素早く股下へ転がり込み、あっというまに背中側にまわってしまった。

 背中へ回られたウェアウルフが体勢を変えようとするが、時すでに遅し。

 すでにジュードは、ウェアウルフの背中に飛び乗り、腕を首にかけていたからだ。


 一升瓶のような太い右腕を、相手のあご下に入れ、自分の左手上腕をがっちりと握る。

 左腕は右手をはさんだままロックし、完全な形でスリーパーホールドを極めていた。


 ウェアウルフが苦悶の表情を浮かべる。

 その腕を振り払おうと、鋭い爪を食い込ませてひっ掻き回す。

 しかし、ジュードは微動だにせず体勢を維持している。

 ジュードにとっても、この右手が生命線なのだ。


 2人は闘技場中央にいるため、障害物に背中から突進して相手を振り払うのは無理である。

 堪らず、勢いをつけ、後ろ飛びから真っ逆さまにジュードを地面へ叩きつけた。

 しかし、これはウェアウルフの悪手である。


 元来、身体の丈夫なドワーフに、この程度の衝撃は如何ほどのダメージにもならない。

 逆に、ウェアウルフの背中がうしろに伸びたことで、ジュードの背筋はいきんを使いやすくさせてしまったのである。

 ジュードは力いっぱい背すじを伸ばすと、ウェアウルフの首をさらに強い力で締め上げた。


 一瞬ふわっと、ウェアウルフの力が抜け、頭が垂れ下がる。

 その感覚を確かめると、ようやく首から腕を離した。

 相手は白目を剥き、泡を吹いている。

 ジュードが満足そうに確認すると、横たわる獣を見据えたまま両手を高らかに掲げ、勝利ポーズをとった。


 その瞬間、開始時と同じホーンが鳴り響く。

 試合終了の合図なのであろう。

 観客から、ジュードに対する大喝采が巻き起こる。

 ジュードはそれに応えることもなく、ウェアウルフに背を向け、ゆっくり入場門へ歩き出す。


 あまりに見事な試合運びに、キラは声援すら忘れていた。


――最初からあれを狙っていた訳か! リーチが短いなら、締め技ってわけだな。勉強になったぜ、おやっさん!


 キラは、ジュードが完全に試合をコントロールしていたことを確信した。


 まず、先手で相手の動きを封じ、選択肢を狭めておく。

 そして次に、相手を挑発して主導権を握る。

 ことごとく相手の戦法をつぶし、自分の望む展開になるのを待つ。


 締め技で仕留めるとは匂わさず、さばきと打撃だけに徹して、意図をカモフラージュをする。

 相手を倒した際も距離を取ったのは、打撃狙いだと思わせる罠だ。

 背の高いウェアウルフは、上体を攻撃される心配をしないので、上はノーガード。

 もし一度でも顔面を狙えば、顔や首を警戒していただろう。


 チャンスが訪れれば、迷わず首を取りに行く。うまく決まれば一撃必殺。

 そして一度首を取れば、忍耐強く締め上げるのみ。

 現代の格闘技でも通用する高等戦術だ。


 そう考えている間に、看守から声がかかる。


「おい、次は貴様の番だぞ!」


 キラは麗奈から手渡された銀貨を握りしめ、目を閉じて深呼吸をした。


――よし、行くか!


 大きく目を見開いたキラが、看守とともに出口へと向かう。



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作戦勝ちで勝利したジュード。

次号、新たな戦いが勃発する予感!


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