第9話:秘策


「さあてと、わしらも出ようかの?」

 ジュードはキラの目を見て、眉をハの字に動かした。


「しゃーねーな、いっちょ暴れるか」

 キラもそう言って、麗奈と共に廊下へ向かう。


「ちょっとまて!」

 廊下に出ると、別の看守が、麗奈の前に戦斧を突き立て、進路を阻んだ。


「お前は、さっき試合を免除されただろう。どこへ行くつもりだ?」


「どこって、キラが怪我したときの為に、一緒に付いていくのよ」

「それはできん、闘技場には選手以外、立ち入り禁止だ」

 たしかに先ほどの試合でも、選手以外はレフェリーなどもいなかった。


「そうなの? じゃあ、試合が終わるまで、入場門の外で待ってるわ」

「それもできん!」


「どうしてよ、入場門も選手以外入れないの?」

「そうじゃない、ただお前が一緒に行く理由がないだろう! 用のない者は、入場門付近に居てはいかんのだ!」


「でも、怪我したときに、近くにいた方が処置が早いわ」

「だめだ、怪我をしても、部屋に帰ってきてから、治療してやれ!」


「でも、重症だったら、治療が一刻を争うこともあるのよ!!」

「そこまで重症になったら、ここで面倒見るわけにはいかん。回復する見込みのない闘技者は、処分される決まりだ!」

 あまりの無情な規則に、麗奈は声を失った。


「麗奈、あの看守長の気が変わってよ、また出場させられたら大変だし、大人しく部屋に戻ってなよ」

 キラは、落ち着いた声でなだめた。


「わかった。じゃあ、がんばってね」

 麗奈は目に涙をたくさん浮かべ、震える声でそう答えるが精一杯である。

 この先、キラとはもう会えない気がしていたからだ。


「それから、これ――」

 そう言って、麗奈はジュードからもらった銀貨をキラに手渡す。

 縁起でもない日本語が彼女の頭のなかに浮かび、更に憂鬱な気持ちになった。


――三途の川の渡し賃――


 麗奈が部屋に戻ると、選手たち一行は別の控室に連れていかれた。

 キラたちの出番は、最後である。

 試合を待つ間、ジュードからここでのルールや戦い方などを学んだ。


「ところで、おやっさんよー。今日対戦する、ウェアなんとかってなんだ?」

「はっはっは。ウェアウルフじゃな、狼男のことじゃよ」


「狼男って、満月で変身するあいつか! てことは、今日は満月か」

「違う違う、お前さんが言っとるのはルーガルーじゃ。そんな化物とやったら、わしじゃ10秒と生きてはおれんよ。ウェアウルフは、生涯ずっと狼の姿じゃ。人間より、いくらか強いだけの獣人よ」


「そんな違いがあるのか。で、そのウェアなんとかは、どれぐらいの強さなんだ?」

「ウェアウルフじゃ。はっはっは。お前さん、頭はよくないのう。そうよなぁ、リザードマンより少し弱いぐらいかのう。」


「おい、それって、やべーんじゃねーのか? だって、リザードマンって、敬吾を殺したホブよりずっと強いんだろ?」

「まあ、そうよな。でも、何とかなるじゃろ」


「ほんとかよ、じゃあどういう作戦でいくんだよ?」

「まあ成り行き次第じゃ。はっはっはっは。それよりも……」

 今まで気さくに話していたジュードが、急に真面目な口調になった。


「お前さんの相手は厄介じゃぞ。オーガというのは鬼のことじゃ。そのオーガでも、あ奴はホリブリスと言って、ひと際大きくて狂暴な種類じゃ」

「さっき部屋で見たから、どんな奴かは分かるよ。それで、どう戦ったらいいとかあるのか?」


「――お前さんの実力は知らんが、あれは人間が勝てる相手ではないぞ。何より、あのかぎ爪が厄介じゃ。一掻きで人間を真っ二つに引き裂くほどよ。運がよくて、再起不能の重症。普通なら、殺されその場ではらわたを食われるじゃろう。今までの試合では、みんなそうなっておったからのぉ」

「はっきり言ってくれるじゃねーか。でもたしかに、あのデカいの相手に、勝てる気はしてねーんだよ……」


「しかしじゃ――。万に一つじゃが、勝てる方法があるんじゃ。もっとも、海に落としたワイングラスを、探し出すよりも難しいがな」

「そっちを早く言えよ! 死ぬ覚悟しちゃったじゃねーか」


「よく聞けキラよ。普通のオーガは、人間より10倍も力が強く素早いが、スタミナがあまりないのじゃ。あのホリブリスなら、力は数十倍、その代わりスピードは5倍程度かの? スタミナも、全力なら30分ぐらいが限界じゃろう。」


「おい待て! 全力で30分ていったら、相当スタミナあるぜ……」

「馬鹿を言うな、リザードマンなど獲物を狙ったら、何日でも追い回すほどスタミナがあるんじゃぞ!」


「えええ、日とか、もう単位がありえねぇ……。でも、じゃあ……30分なら……、スプリンターかな……」


「そこでじゃ、やつの攻撃を何が何でも30分逃げ切るのじゃ。その代わりルールがあっての、1分間に1回以上は攻撃せんと、ルール違反で処刑されるので気を付けるのじゃ」


「そんなルールあんのか! じゃあ、形だけ軽く攻撃しとけばいいのか? つか、武器使ったホブは重罪じゃないのか?」

「反則でも、客が喜ぶかどうかで、罪の重さが決まるのじゃ。ホブのあれは客が喜んだ。だから、お咎めなし。攻撃しない試合など、客は喜ばんので重罪。ショーとして考えれば、当たり前じゃ」


「人を殺した反則が、お咎めなしってのは、おかしくねーか!」

「おかしいが、今は自分の心配をせい。それと、積極的じゃない攻撃も、攻撃とは判断されんのじゃ。だから、攻撃の時は全力でやれ。な~に、30分なら、ほんの30回じゃわい」


 そう聞くと容易く思えるのだが、人間の5倍の素早さを持つ相手から逃げ回り、休まず全力で攻撃するのである。

100mを15秒で走る人間を例にとると、100mを3秒で走るチーター並みの獣から、逃げ回るようなものだ。

そんな俊敏な者から身をかわすこと自体、可能なのかも疑わしい。


 その上、キラのやってきた格闘技は、1ラウンド3分~5分でインターバルをはさむ。

 練習もそれに合わせ、3~5分で休憩を取るのが、一般的だ。

 故に、長年この競技をやってきた者ほど、そのリズムで休憩をとる習慣が染みついてしまっている。

 この点でも、キラにとっては不利な条件といえるだろう。


「そんなことできるのかよ……」

「できるかどうかではない、生きたければやるのじゃ!」

 そう言われると、やるしかないとキラは感じた。


――よし、無駄なく攻撃を裁けば、何とかなるかも!? もし挑発が通じるなら、状況も変わるかも知んねーし!


 そう考え、覚悟を決めると、今までの不安がふき飛んだ。

 この切り替えの早さこそ、キラが天才であることの一因だといえる。

 試合前の選手は、いつまでも恐怖と不安から逃れられない。

 どんなに勝ち進んでも、さらに強い選手と対戦する運命だからだ。


 世界チャンピオンのような、メンタルの強い選手でも、試合前に涙することがあるという。

 ただ、一流選手かどうかを決定づけるのは、立ち直りの早さである。

 人間は恐怖や不安のままだと、血圧が上昇して身体が硬直し、思うように動けないのだ。


 怖い相手と喧嘩するとき、身体がうまく動かず、息が上がってしまうのは、これが原因である。

 ちなみに、街にいるチンピラやゴロツキといった者たちは、この原理を熟知しており、ケンカ前に相手を怖がらせて優位に立つのだ。


「分かった。でもよー、30分逃げ切ったとして、その後どう倒せばいいんだ?」


「さっき言ったルール通りじゃ、1分以上攻撃できなければ、オーガの負けよ」

「そっかー! それなら勝てそうだな!」

 キラの言葉に、ようやくいつもの明るさが戻った。



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ジュードの秘策で光明が差しこむ。

しかし、本当にうまくいくのか?

「海に落としたワイングラスを探し出すより難しい」ほど難解であるというが……


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