第7話:新たな試練


「賄賂? 何のことだ?」

 怪訝そうにキラが尋ねた。


「ん? 知らんかったのか? ここでは身体検査の看守に、賄賂を渡すのがしきたりなんじゃよ」


「なんだって? あいつは正統派だから、そんなこと想像もできねーはずだぜ!」

 キラは興奮して、大きな声を張り上げた。


「そうなんじゃろうなぁ。だから看守が手をまわして、ホブに武器を持たせたんじゃろう。いわば賄賂を渡さない者への見せしめじゃわい」

 そう言いながら、ジュードが納得した様子で長い髭を触った。


「じゃあ、看守に賄賂さえ渡してれば、敬吾は死なずにすんだってのかよ。つーか、そんなくだらねー理由で、あいつら敬吾を殺したのか?」

 キラは、更に大きな声で叫ぶ。


「あいつら、ぜってー許さねー……」

 キラがそう続けようとした時、今まで沈黙していた麗奈が会話に割って入った。


「待って! ジュードさん、じゃあ、賄賂さえ払えば、真っ当な試合ができるってことよね?」


「そういうことになるのう。ここの看守は、安い賃金で働かされとるんじゃ、だから奴等も賄賂をあてにして、家族を養っておるのよ」

 ジュードは諭すように答えた。


「賄賂はどれだけ払えばいいの? それと、私たちお金を全く持ってないの」

 麗奈はすがるような目をしてジュードに訴えかける。


「そうじゃのう。銀貨5枚が相場じゃな。わしも手持ちは、あんまりないが――」

 頭を掻きながら、腰袋の銀貨を5枚麗奈に手渡した。


「その先の賄賂については、試合に勝って、相手の持ち物を巻き上げればよい」

 ところどころ抜けた歯を見せ、ジュードは優しく微笑んだ。


「ジュードさん、ありがとう。約束はできないけれど、試合に勝ったら少し返せるかも……」


「なーに、お前さん達は、死んだ弟を応援してくれた唯一の者たちじゃ。そのお金は気にせんでもいい。それより、お前さんたちの肌に付いとる、光った記号のようなものは何じゃ?」

 ジュードが麗奈の指に光るタトゥーを指さしながら、そう尋ねた。


「よく分からないのだけれど、この光ってる記号のせいで、私たちはここに連れてこられたんじゃないかって、思ってるの」

 困惑ぎみに麗奈が答える。


「そうか、よく分からんのじゃな。ところで、お前さん達は、どこから来たのじゃ?」

「日本とアメリカっていう国よ。こことは違う、人間しかいない平和な世界」

「なるほど、ここにいる連中とは、少し違うとは、思っておったのじゃ」

「ジュードさんは、どこから来たの?なぜこんなところで、戦おうと思ったの?」

 麗奈がそう聞くと、ジュードは、ばつの悪そうな顔をした。


「ここにおる者はの……大きな声では言えんが、各地で罪を犯して捕まった者や奴隷なんじゃ。それを、ここの人間達が娯楽の為に閉じ込めて、戦わせておるのじゃ。わしも、弟とともにドワーフ王国を追われ、流れ着いてきたのじゃよ」


「え、酷い! 罪人や奴隷だって人権があるでしょ。しかも、娯楽の為に殺し合いさせるなんて!」

 この手の話題になると、麗奈が熱くなる。


「いやいや、少なくともこの大陸には、奴隷や罪人に人権なんて上等なもの、ありはせんよ。」


「それよりよー、次いつ試合が始まるか分かんねーし、ちょっと今後のことを話し合おうぜ」

 黙っていたキラが、しびれを切らし強引に話を変えた。


「なぁ、おやっさん、試合の順番と対戦相手って、どうやって決まるんだ?」

 キラがさらに切り込む。


「おお、それはの、看守が決めるんじゃよ。あの一番背の高い看守がおるじゃろ? あ奴がここの看守長で、客が喜ぶ組み合わせを選ぶんじゃよ」


「なんだ、俺たちを連れてきた看守か。じゃあ、直接聞いてみたらいいのか」

 そう言うと、キラは席を立とうとした。


「それは止めておいたほうがいいぞ」

 そう言って、ジュードはキラを制止した。


「なんでだよ、直接聞きゃあ、早えじゃねーか」

「あやつらを下手に刺激して、いたずらに強い相手と試合を組まされたら……。並みの人属なら、リザードマンはおろか、ホブですら倒すのは不可能じゃ。ましてや大型の種族などと組まされたら、万に一つも勝ち目はないぞい」

「…………」

 そう言われて、キラは言葉に詰まった。


 元の世界では強い相手を求めて戦うキラだったが、この世界の生物相手に、とてもそんな自信が湧いてこなかったからである。

 何か言葉を返そうか、迷っていた矢先――


 ガン、ガン、ガン


 通路から、先ほどの食事とは違う鐘の音から聞こえてきた。

 すると突然、一人の看守が部屋へ入ってくる。


「お前ら、夜の試合が始まるぞ! 今から呼ぶ者は、通路まで出ろ!」


 いよいよ、この瞬間が来たのである。

 キラは手のひらいっぱいに汗をかき、拳を握り、看守の声に耳を傾けた。

 看守に呼ばれ、次々に獣人達が出口へと向かう。


「そこのドワーフ、今日はウェアウルフと対戦だ!」


 それを聞いたジュードは、少しこわばった表情でキラの方に体を向けた。

 その後、ゆっくりと拳を顔の前へ出し、拳を合わせようというジェスチャーをする。

 キラもそれに気づくと、とっさに自分の拳を突き合せた。

 恐らく、この世界でも軽い挨拶なのであろう。


「――それと」


 思い出したかのように、看守が続ける。


 キラは身構えた。

 遂に自分の番が、回ってきたのではないかと思ったのである。

 しかし次の瞬間、信じられない言葉が看守から発せられた。


「隣の人間の女、お前はオーガと対戦だ!」


 その言葉に、キラとジュードの表情が固まる。

 麗奈は、自身の顔から血の気が引き、瞳孔が開いたのを感じた。



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まさか、麗奈が戦うはめになるとは……

次号、麗奈がとる驚くべき行動とは!?


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