第6話:絶望、そして……
ガラン、ガラン、ガラン
廊下から何やら鐘の鳴る音がする。
同時に食べ物のような匂いもしてきた。
突然、大勢の男達が背丈よりも大きな寸胴鍋を、いくつも部屋に運んでいる。
「おら、お前ら飯の時間だぞー。さっさと食え!」
そう言うと、部屋の隅に置かれた巨大なバットのような容器に、その鍋の中身をぶちまけた。
まるで養豚場の餌やりである。
すると、部屋にいた亜人達は一斉にバットに群がり、その中身を貪った。
直接口をつけ食べる者、手づかみで中身をすくって食べる者、また近くに置いてあったカップを使い口に運ぶものもあった。
それぞれの知能レベルに応じて、食べ方が違うようにも見えた。
キラは敬吾の「死」というショックから立ち直れず、食欲が失せていた。
おおよそキラの過去5年間は、敬吾のことだけを考え生きてきたといえる。
その目標だった敬吾を失ったのだ。
更には、この世界での残酷な殺し合いという現実も重なり、キラの心は破綻寸前である。
麗奈は、キラが衰弱していることに気づき喝を入れた。
「私たちも食べるわよ。戦う前に力が出なかったら、簡単に殺されちゃうから」
彼女の言う通りであった。
試合前の選手は、食事を摂らないことが通常である。
特に格闘技では、相手のボディブローで吐いてしまうこともあり、キラも試合の6時間ほど前からきちんとした食事を摂っていなかった。
転送されてから更に5時間以上経過している。つまり、11時間以上ろくに食事をしていない状態なのだ。
筋肉量や練習量の多いキラのようなアスリートにとって、2~3時間おきの栄養補給は必須である。
故に、選手達はゼリーなどの携行食を持ち歩くのが一般的だ。
そう考えれば、今のキラは相当な飢餓状態に置かれているといえよう。
しかもキラの身体は、体脂肪率5%まで絞り込んである。
その為、エネルギーを蓄える脂肪はほとんどなく、腹部ですら薄皮一枚の状態なのだ。
こんな状態だと、数日食事をしないだけで餓死してしまうであろう。
ぼろ布をまとい精気を失ったキラが、麗奈に伴われて餌場へと向かう。
近くにあった木製のカップを手に取ると、中には、食べ残しにたかる虫の幼虫がうごめいている。
それを見た瞬間、キラは吐き気をもよおした。
しかも、バットの中身も同じように虫が泳ぎ、とても人間の食べられるものではなかったのだ。
キラが呆然としていると、麗奈がをカップを取り上げ、さっさと自分の服で中身を掃除し、バットの中身を2杯分すくい上げる。
そして目を凝らし、中にいる数匹の虫を素早く取り出すと、片方のカップをキラの前に差し出した。
「さあ、食べるわよ」
事も無げにそう言い放った。
――こいつ、こんなに強い女だったのか?
麗奈の生命力の強さに、キラは驚きあっけにとられた。
彼女はその場にしゃがみ込むと、無言で得体の知れないソレをすすった。
キラはためらい、食べる様子がない。
すると、麗奈は一旦口につけたカップを膝に置き――
「私だって嫌なのよ。でも周りはみんなこれを食べて力を蓄えてるの。ただでさえ、ここでは非力なんだから、こんなことでハンデを背負いたくないの!」
そう言うと涙をこぼし、泣きながらまた食事を続けた。
――ああ、辛いのは自分だけじゃない、麗奈も一所懸命気丈に振舞ってくれてんだ!
キラはそう思うと、急に自分の意気地なさが恥ずかしくなった。
「ごめん悪かった。食べるよ。」
そう麗奈に謝り、カップを口に運び一気に口に流し込んだ。
――うぁ、最悪な料理だ!?
調味料が入ってないのか味がなく、独特のアクと粘りと獣臭さ、それに腐敗臭も入り乱れている。
キラは鼻をつまんで食べ続けた。
食材や異物などを勘繰ると食べる気が失せるので、何度か咀嚼したあとは一気に飲み込んだ。
その要領で、腹が膨れるまで食事を摂った。
胃がいっぱいになると、すこし気持ちが前向きになれた。
今後について、麗奈と話そうかと思った矢先――
「食事は済ませたかのぉ?」
ジュードが穏やかな顔をして、こちらにやってきた。
「ああ、おやっさんも食べたのか?」
キラがそう尋ね返した。
「不味い食事だが、飢えるよりはましじゃからの」
とジュードが茶目っ気のある眉を浮かせて笑い、キラの方を向いたまま、麗奈に軽くウインクした。
見かけによらず、気づかいのあるジェントルマンなのである。
それを見て、麗奈も顔をほころばせた。
「時に――」
ジュードが続ける。
「なぜ、死んだお前さんの知り合いは、看守に賄賂を渡さんかったのじゃ?」
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ジュードの衝撃的すぎるひとことで、場の空気が一変する。
次号、賄賂についての真相が明かされる!?
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