第4話:初陣(上)


 入場を前に敬吾は、選手たちのいる薄暗い部屋にいた。


 キラ達がいる部屋に比べ、いくぶん手ぜまだ。

 手ぜまとはいっても、50坪はあるだろう。

 50坪といえば、都心なら相当大きな戸建て住居の敷地だ。

 ちなみに、キラ達のいる大部屋は体育館なみに大きいのである。


 出口には、戦斧を持った看守が2人張り付く。

 戦う前の選手が逃げ出さないよう、隔離しているようだ。

 もちろん、この部屋にも屋外への窓はない。

 代わりに、闘技場の様子が見える小窓が、通路のような壁奥に設けられている。


「おい、そこの人間、出番だぞ、出ろ」


 看守の1人が、敬吾に向かってそう叫んだ。

 いっそ大暴れして、ここから脱走したい気持ちである。

 しかし敬吾といえど、素手ならともかく、武装した男たちを相手に戦う気になれない。


――素手なら……か……


 さっき見た試合では、お互い武器を持っている様子はなかった。

 今の状況を生き残るには、自身がやってきた格闘技で戦うしかなさそうである。


――どんな奴と戦わされるんだ?


 相手は化物とはいえ、敬吾も元の世界では、さんざん化物と呼ばれた存在であった。

 10年近いキャリアの中で、無事に1ラウンドを逃げ切った相手など数えるほどしかない。

 そう考えると何かおかしく思え、笑いが込み上げてきた。


――ははは、因果応報か。いいだろう。今までの対戦相手たちと、同じ土俵に上がったってことだな!


 そう気持ちを立て直すと、言われるまま入場門へ向かう。

 薄暗い廊下を歩く道中、看守が敬吾に質問した。


「おい、お前のこめかみに光ってる、それは何だ?」


「光? こめかみ? 何か付いてるか?」

 敬吾が怪訝そうに答えた。


「その雷みたいな、模様のことだ」

 そう看守に言われ、地面の水たまりに自分の顔を映してみた。


「なんじゃ、こりゃあ!?」


 見ると、こめかみにある雷模様の傷が光っている。


「うわっ、擦っても落ちないぞ……」

 そう答えるのが、精いっぱいだった。


「まあいい、早く身体検査を済ませろ」

 ぶっきらぼうに看守が言い放ち、入場門手前で背のひくい看守に敬吾を引き渡した。


「お前、武器など隠し持っておらんだろうな?」

 神経質そうなその男が、唐突に聞いてきた。


「持ってない」

 うんざりした様子で敬吾が答えた。


 そこから全身を隈なくチェックされ、履いていたパンツまで脱がされた。


「おい、これは何だ?」

 パンツを脱いだ途端、すぐに看守が質問した。


「ファウルカップだ、金玉を蹴られた時に身を守る防具だ」

「そうかそうか、じゃあ没収するしかないな」


 その男が笑いながらそう言うと、樹脂製のファウルカップを外すように命令した。


 これから怪物と戦うのである。ファウルカップが無かったとて、さしたる違いはないと感じた。

 敬吾は指示通り、ファウルカップを外し男に手渡す。


「ん? お前、何か忘れてないか?」

 男は、意味ありげにそう聞いてきた。


「何のことだ?」

 怪訝そうに敬吾が答えた。


「いや、何でもない。好きにしろ。」

 男は不敵な笑いを浮かべ、敬吾を開放する。


 そのあと看守たちが集まり、ひそひそと話していた。

 直後、若い看守一人が、大急ぎでどこかへ走っていく。

 敬吾には状況が掴めなかったが、試合に集中するため気にも留めなかった。



 その頃、部屋の鉄格子の窓から、キラと麗奈が敬吾の入場を待っている。

 こちらの部屋にも、闘技場が見渡せる小窓があるのだ。


「あれ、敬吾さんが入ってきたわよ!」


 麗奈がそう叫んだ。

 キラが入場ゲートを覗き込むと、敬吾が入場してくるのが見える。


 今の状況を考えれば、他人の試合を見ている場合ではないかも知れない。

 しかし、キラが戦わされるのも時間の問題だろう。

 試合の流れや、相手の様子なども見ておきたいと、キラは感じていた。

 ましてや、あの宿敵・敬吾が戦うのである。


――人間の力が、この世界で通じるのか?――


 この疑問も、人類最強の男が戦えばはっきりするであろう。

 少なくとも、あの怪物たちの強さぐらいは推し量れるに違いないとキラは思った。


「ほら、相手選手も来たわよ!」

 見ると、緑色の肌をした耳の尖った、頭髪のない男が反対側のゲートから入場してくる。


「あれなら、人間と変わらなそうだし、勝てんじゃねーか?」

 キラの目が一瞬輝き、そう叫んだ。


 2人が入場すると、城門の鉄格子が閉じる。

 すると、試合開始の合図らしきホーンが、「ブォォォン」と鳴り響いた。

 敬吾は慎重に、ゆっくり歩いて相手との距離を詰める。

 対する相手は、小走りで敬吾に向かっていった。


 両者が対峙すると、緑色の男のほうが敬吾よりも背が高いことが分った。

 おそらく、キラと同じぐらいだろうか。

 しかし、猛獣のような牙とかぎ爪が人間でないことを物語っていた。


「あれ、あの緑色……なんかに似てるんだよな……えーっとゴブリンだっけか? でも、あんなにでかいの?」


 キラがそう言うと、後ろから酒焼けした低い声がする。


「あれは、ホブゴブリンじゃな。ゴブリンの中でも大きい種類じゃ。わし等はホブと呼んでおる」


 思わぬ声に、2人が慌てて振り返る。

 なんと、先ほど殺された長髭のドワーフが立っているではないか!


「あれ! あんたはさっきの!?」

 キラが、思わずそう叫んだ。


「あれはわしの弟じゃ……」

 そういうと、少し寂しそうに目線を落とした。


「そ……、それは、悪いこと言っちまったな、すまねーおやっさん」


「いいんじゃよ、さっきの試合、お主が弟を応援してくれとったのを見ておったぞ。応援してくれた礼を言いたい。それに、いずれあのリザードマンは、わしが仕留めてやるからの」

 ドワーフらしき男は笑いながら静かに語ったが、目は笑っていない。


「ところで、おやっさんは、ひょっとしてドワーフとかいう人?」

 キラは率直に疑問をぶつけてみた。


「ああ、わしか? そう、ドワーフのジュードという者じゃ」

 ドワーフは丁寧に答え、挨拶をする。


「あ、どうも。俺達は人間で、俺はキラ、こっちが麗奈。はじめまして」


 こういった場面において、格闘家のキラは礼儀正しく受け答えをする。

 様子を見守っていた麗奈も黙って会釈した。


「こちらこそ、はじめましてじゃ。それより、友達が戦っておるのでは、なかったかの?」

 ジュードは気を利かせて、試合の続きを見るようすすめる。


「あ、そうだった。でもあれは俺の友達じゃないんだ。生涯のライバルってやつかな!」

 遠い目をしながら、どこか誇らしげにキラが敬吾のことを語った。



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ジュードの登場で、この世界を知る手がかりを得た一行。

今後、敬吾の試合はどうなっていくのか!?


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