第3話:不思議な光
敬吾と獣人の一戦が始まる。
キラ達のいる部屋には屋外への窓がなく、時間の感覚がつかめなかった。
石造りの壁は剥き出しで、だだっ広い。
壁に置かれている、いくばくかの松明だけが彼らを照らす。
小さな松明では、部屋全体を見通せない。
各々が、松明をそばに置き生活する。
視界が狭いおかげで、匂いがひどく気になった。獣臭いのだ。
ここにいると、動物園の折の中にいる錯覚にとらわれる。
見慣れぬ怪物たちの姿が、さらに感覚をおかしくさせた。
全身毛で覆われ、頭部がオオカミのような者、体中がウロコに包れた半魚人、イノシシの顔をした大男たちなどである。
キラは寒さから身を守るため、その辺にあったぼろ布で全身を覆っていた。
その姿を、火の明かりが貧相に浮かび上がらせる。
試合を待つあいだ、彼はこれまでの過去を呆然と思い出した。
あの敗戦以来、寝食を忘れ練習に打ち込んだ日々。
血へどを吐くほどの猛特訓に、意識を失ったことも数え切れない。
ときに救急車で病院へ運び込まれ、入院することすらあった。
それもこれも、全てあの男を倒すためである。
生きる伝説と呼ばれ、圧倒的パワーで他を寄せ付けない宿命のライバル・敬吾。
人類最強と言われるこの男なら、化物が相手でも通用するかも知れない。
――きっと勝ってくれ!
自分の中にある不安を振り払うように、キラはそう強く願った。
つい先ほどまで、その男を倒すことしか頭の中になかったというのに、不思議な心境の変化である。
「ねぇ、聞いてるの?」
エメラルドのような美しい髪をした女性がキラに話しかけた。
共に異世界へ飛ばされた、カットマンの麗奈である。
転送の直前、キラ達の乱闘を止めるため、リング内に入り巻き添えを食らったのだ。
麗奈も着の身着のままであったが、ぼろ布の下には、白いタンクトップに柄入りのスリムパンツ、洒落た黒皮のサンダルを履き、ウエストポーチまで持っている。
他の2人に比べれば、ずいぶん人間らしい恰好をしていた。
「えっ、聞いてなかった、何のこと?」
上の空だったキラが、慌てて聞き返す。
普段は人の話に無頓着な彼であるが、今回ばかりは情報を欲している様子だ。
医者であり、違う文化を持った麗奈なら、彼の気づかぬ発見をするのではないかと考えていたかも知れない。
「だからね、私たちがこっちに飛ばされる直前、私の指とあなたの肩のタトゥーの一部が光ったのよ」
話を整理しながら、麗奈が話し始めた。
「あの時は、すげー光に包まれただろ? 見間違えたってことはねーの?」
疑うような表情でキラが指摘する。
「それが違うのよ。うまく言えないけど、見たんじゃなくて感じたの」
麗奈が、もどかしい表情をうかべた。
「ん? よく意味がわかんねー。どういうこと?」
茶色く脱色させた眉を寄せ、キラが質問する。
「さっきもね、看守みたいな男たちと話してたでしょ? でもあれは、私たちと同じ言葉を話したんじゃなくて、言ってる意味を感じとったって感覚がなかったかしら?」
そう言われると、彼らが日本語で話していたという確証が持てない。
日本とは似ても似つかぬこの場所で、言葉が通じることにキラも違和感は持っていた。
しかしそもそも、男達と話した単語の一つとて思い出せないのである。
畳み掛けるように麗奈が続けた。
「私、10ヵ国語が話せるんだけど、彼等が使ったのは知ってるどの言語でもなかったわ。でも、意味だけは伝わったのよ。きっと、テレパシーみたいな物じゃないかな?」
「入れ墨? テレパシー? それなら、タトゥーの入ってない敬吾がなんで? つか、10ヵ国語も話せるとか、どうなってんの!」
突拍子もない発言に、キラは戸惑っているようである。
「入れ墨のせいかは分からないけれど、敬吾さんのこめかみの傷も光ってたわ」
「おい……こめかみの傷って、まさか――」
キラがそう言いかけると、麗奈が目を丸くして口を開いた。
「ほら見て私のタトゥー、一部だけ光ってるでしょ? あなたのも光ってるわよ」
彼女の手先を見ると、右手中指に刻まれた「砂時計」部分が光り、浮き上がっている。
慌ててキラも、右肩にある自身のタトゥーを確認した。
ちょうど死神が持つ「鎌」の部分が、青白く光っているではないか。
それは麗奈のものと、全く同種の輝きであった。
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光りはじめた謎の文様。
敬吾は異形の者に勝てるのか?
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