第2話:Welcome to ISEKAI


 砂ぼこりが舞う、赤茶けた地表。

最初に目覚めたのは、最年少のキラだった。

目覚める寸前、リング上での記憶が夢になって表れる。


 勝手に手が動きだしたこと。

開始ゴング前だというのに、敬吾に殴りかかったこと。

このままでは、試合が無効か反則負けになってしまうこと。

そして、大きな光が3人を包み込んでしまったことなどである。


 試合前だったキラは、裸同然の恰好で汗をびっしょりかき、悪夢にうなされ目を開けた。

そしてゆっくり辺りを見回すと、四方を石造りの塀に覆われた、古代闘技場のような場所に自分がいる。

見上げると、高い塀の上が客席になっているようだ。

暗くておぼろげではあるが、群衆らしき人影も見える。

その者たちの発する歓声が、聞きなれたものとは違うように感じた。

声が壁などを反射して、共鳴しているのかも知れない。


――数千人、いや数万人はいるのか?

キラは姿がはっきりしない観客たちを推測してみた。


 そういえば、嗅いだことのある独特な匂いもする。

いつか観光で訪れた、鍾乳洞のカビっぽい匂いでは、なかろうか。

天井には無数のつららがぶら下がり、特殊な形状を見せていた。

空気が少しひんやりする。

ひょっとすると、ここは巨大な洞窟内かも知れない。

足元には湿り気をおびた土以外、なにもない空間だった。


 闘技場内部は正方形。そびえ立つ塀が窮屈さを感じさせる。

広さは、テニスコート4枚分ほどあるだろう。

壁には、畳2枚ほどもある銅皿のかがり火があちこちに配され、昼間のように場内を照らす。

かがり火の出す遠赤外線が、薄着のキラに暖かさを伝えた。

近くには、敬吾とセコンドの麗奈も横たわっている。


――ここは一体どこだ? 夢か?


 起きて早々、謎だらけである。キラの思考は、停止寸前だった。

いっそ、全てが夢であってほしいとさえ願う。


 建築をかじっていたキラには、もう一つ合点がいかないことがあった。

塀を形づくる岩の1つ1つが、人間の背丈以上に大きいことである。

運び入れや工事に手間のかかるこれらの巨石は、通常使うことを避けるからだ。

ただ、城などの石垣は例外で、強度を出すため大きな岩を使う。

つまり、建築というより、土木工事に使うような材質なのだ。


――こんなに頑強な塀を作って何をするんだ?

新たな疑問が湧いてきた。


 20mほど向こうには、見慣れぬ者たちが素手で戦っている。

対戦者の一人は、明らかに人間とは違った生物であった。

全身がヨロイのようなウロコに覆われ、尻尾の生えた者の顔は、大トカゲにそっくりある。

漫画やゲームに出てくる、トカゲ男、俗に言うリザードマンのように見えた。

尻尾に至っては、大型ワニのそれと、同じぐらいではなかろうか。


 対するもう一方は背が低く、人間によく似ていたが、何かが違う。

上手く言えないが、顔のパーツが明らかに人ではないのだ。

そう、まるでパーティなどで被る、ゴム製の仮装用マスクのように。

小柄でがっちりした体格、ボリュームのある長い髭が蛮族風でもある。

さしずめ、ドワーフといったこところだろうか。


 リザードマンが大きく長い尻尾で、幾度もドワーフに打撃を与え、ジリジリと追い詰めていた。

その緊迫した戦いぶりは、勝負師であるキラの興味をひきつける。

ふと、昔見た番組のことを思い出した。


 ワニの尻尾は、強力な武器になるという。

大型のワニともなれば、人間の骨を砕く威力と言っていた――。

だとすれば、ドワーフはすでに全身ズタズタではないだろうか。

そう思うと、小柄なドワーフを応援したくなる心境に駆られた。


「ちっせーの、がんばれよお!」


 キラは、思わず大声で叫んでいた。

これまでの疑問など忘れ、2人いや2匹の戦いにすっかり没頭している。


 ついに、ドワーフが壁際まで追い詰められた。

追い詰められたことを自分と重ね合わせたか、ゲームに没頭する子供のようにキラが上半身を左右へ動かす。


 後がないドワーフは、意外にも敵を背にして、壁へ向かって一足飛びした。

小さな体が壁へぶつかる。そう思った矢先、身を転じて両足を壁に着地。

その反動で壁を蹴ると、今度はロケットのように相手へ飛び掛かった。


 勢いに乗った体は、リザードマンの顔面へと向かう。

刹那、その小さな手がトカゲ男の片目をえぐった!


「えええ! あんなのありかよッ!?」


 人間似のドワーフに感情移入していたキラは、喜びを交えてそう叫んだ。

観客からも、どよめくような大きな歓声が聞こえる。


 しかし次の瞬間、リザードマンは目玉をつかんだに噛みつき、簡単に食いちぎってしまった。

ドワーフの腕から大量の血が流れ出る。

驚くことに、トカゲ男同様、腕を失っても闘志は失っていないようだった。

通常の生物なら、これほどの出血やダメージを受ければ戦意喪失するはずだが、何という闘争本能だろうか。


「おい、ここはどこだ……?」

歓声の大きさに、敬吾も目を覚ましたようだ。


「おう、やっと起きたか? よくわかんねーけど、面白いもんやってるぞ」

キラは背後にいた敬吾の方を向き、笑顔で話しかける。


 試合に気づいた敬吾が、闘技場中央に視線を向けると、目を皿のように丸くした。


「こ、これ…… 特撮……なんだろ?」

敬吾の声が上ずっている。


「俺も最初、そう思ったんだよ」

キラが答えた矢先、観客から「おおー!」という大歓声が上がった。


――試合が動いたな!


 キラは気になり、もう一度2人の試合に目を向ける。

そこには、ドワーフの生首を片手で持ち上げた、リザードマンの姿があった。

おぞましいその姿に、2人は思わず固唾をのんだ。

そして、生首を得意げに眺めると、リザードマンの大きな口がそれを丸飲みしてしまった。


 キラと敬吾の背筋が凍ったのは、言うまでもない。

この闘技場で行われているのは、彼らがやってきた安全な試合などではなかった。

ルールもレフェリーもいない、生粋きっすいの殺し合いなのだ。

しかも、得体の知れない怪物同士が戦う、壮絶な殺し合い――。


「試合中は勝手に入るなって、何百回も言ってるだろーが、ゴミムシどもが!」


 見上げると、いかつい顔をした看守風の白人2人がそこに立っていた。

肩には、柄の長い両刃の戦斧せんぷを背負っている。

全身は褐色の分厚い革ヨロイ、鉄製のヘルメット、逆立つ馬のたてがみに似た赤い羽飾りを頭上に装飾していた。

そのうちの1人は優に2mを超え、巨人と見まがう巨漢の男である。


「おい、そこのお前! 次、出番だからな!」


 男の一人がそう怒鳴ると、キラと敬吾はお互いに目を合わせ、思わず同時に言葉を発した。


「え、どっちがやるの?」



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突如、デスゲームに参加することになった2人

戦うのは果たして!?


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