第1話:頂上決戦



――2021年 7月7日 21時――


 いよいよ、レフェリーのルール確認が始まる。

 リング中央に呼び出されたキラは、オーラ全開で肩をいからせ、ロープに向かってツバを吐いた。


 敗戦以来、地獄の特訓を積んできた彼は、尋常ではない精神状態に陥っている。

 復讐鬼というより、異常犯罪者のような形相だ。

 5年を経たキラの体は、以前よりシャープになっている。

 体重は変わらないものの、体脂肪が5%も減っているのだ。

 全身血管を浮き上がらせ、近くで見ると殺気に満ち溢れている。


 一方の敬吾は32歳の大台に乗っていた。

 打撃格闘技の選手寿命はたいへん短く、35歳までに引退する選手が多いのである。

 身体的には変わりないようだが、こめかみにある傷跡が時間の経過を物語った。


――こいつ、こんなにガラの悪い奴だったか!?


 場末にいるチンピラのようなキラの態度に、敬吾が苛立っている。


――今日の試合は、全格闘家にとって神聖な物のはず。


 そう思うと、よりナーバスになった。


「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」


 先ほどから、響き渡る歓声が、東京ドームを揺らしている。

 決勝を待ちわび、ファン達が大絶叫しているのだ。


 それもそのはず。

 今夜ここに、全キックボクシングの統一王者が決定するのだ。

 ミニマム級に始まり、各階級の決勝は、先の4時間で全て終了した。

 次はいよいよ、ヘビー級を待つばかり。


 トーナメントを勝ち抜いたのは、日本人同士の敬吾とキラである。

 どちらが勝とうと、日本人が優勝するのだ。

 国内では、空前の格闘技ブームに湧いているのは言うまでもない。


 その人気は凄まじく、5万1000席のチケットも発売と同時に完売。

 オークションでは、アリーナ席が数百万円で取り引きされたとニュースにもなった。

 テレビ中継は世界120ヵ国以上で生中継され、オリンピックさながらのスペシャルイベントと化している。


 レフェリーが試合ルールの確認をする傍ら、対戦相手のキラは忙しなく眉を寄せ、舐めるように敬吾をにらむ。

 しかも、小声で何やら言っているようだ。


「……今日こそぶっ殺す……」


 聞き取れたのは、その部分だけだが、敬吾を怒らせるには十分である。

 稚拙な言動のキラに、我慢の限界も近かった。

 この瞬間にも、つけられた傷の礼をしてやりたい衝動にかられる。


 こめかみにある傷は、敬吾にライトニング・ケイという新しい異名を与えたが、本人としては好きになれない傷であった。

 怒れば怒るほど、傷跡がズキズキと疼き、今にも発狂しそうである。

 しかし数々の試合をこなしてきた、ベテラン選手の敬吾だ――


――会長が尽力してくれた、貴重な試合。恥ずかしい行いだけはできん。


 そう自分に言い聞かせ、すぐに冷静さを取り戻す。

 会長はこのトーナメント開催前に他界していたが、遺言で「敬吾にこの舞台を与えてやってくれ」と世界中の団体責任者あてにメッセージを送ったのだ。


 格闘技界に影響力を及ぼす大物の遺言が、このトーナメント実現に貢献したことは間違いないであろう。

 しかし実のところ、敬吾が多くのチャンピオンベルトを手にしたことで、個として団体の人気が薄れたという裏事情も大きかったのだ。


 レフェリーのルール確認が終わろうとしている。


「Do you understand?」(理解したか?)


 レフェリーが、2人に問いかけた。


 両選手ともに


「イエス」


 と言い放ったその瞬間――

 突然、キラの右肩が、不自然に上がった。

 そこから右こぶしを振り上げると、敬吾にストレートパンチを放ってくる。

 格闘技史上、稀にみる珍事であった!?


 敬吾は戸惑っている。

 試合前のはずなのに、相手が全力のパンチを放ってくるのだ。

 自分が開始のゴングを聞き洩らしたか、とも疑っている。

 強烈なパンチは空を切り、「ブウォォォン」と、もの凄い風切り音を響かせた。


 その後も、不自然な体勢から、右だけで連打を繰り出してくる。

 とっさの事態に、敬吾もかわし切れず、反射的にパンチを打ち返してしまった。

 場内がざわめき、レフェリーが止めに入る。


 セコンドや関係者達も、血相を変えてリングに入場してきた。

 そして、セコンドの1人が2人に割り入ろうと、その体に触れる。

――と、その瞬間だった。

 球場の巨大ライトのように強烈な閃光が立ち昇り、3人を包みこんでしまったのである。



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次回からは、異世界です!

たいへんお待たせいたしました


お読み頂き、ありがとうございます。

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