第1話:頂上決戦
◇
――2021年 7月7日 21時――
いよいよ、レフェリーのルール確認が始まる。
リング中央に呼び出されたキラは、オーラ全開で肩をいからせ、ロープに向かってツバを吐いた。
敗戦以来、地獄の特訓を積んできた彼は、尋常ではない精神状態に陥っている。
復讐鬼というより、異常犯罪者のような形相だ。
5年を経たキラの体は、以前よりシャープになっている。
体重は変わらないものの、体脂肪が5%も減っているのだ。
全身血管を浮き上がらせ、近くで見ると殺気に満ち溢れている。
一方の敬吾は32歳の大台に乗っていた。
打撃格闘技の選手寿命はたいへん短く、35歳までに引退する選手が多いのである。
身体的には変わりないようだが、こめかみにある傷跡が時間の経過を物語った。
――こいつ、こんなにガラの悪い奴だったか!?
場末にいるチンピラのようなキラの態度に、敬吾が苛立っている。
――今日の試合は、全格闘家にとって神聖な物のはず。
そう思うと、よりナーバスになった。
「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」
先ほどから、響き渡る歓声が、東京ドームを揺らしている。
決勝を待ちわび、ファン達が大絶叫しているのだ。
それもそのはず。
今夜ここに、全キックボクシングの統一王者が決定するのだ。
ミニマム級に始まり、各階級の決勝は、先の4時間で全て終了した。
次はいよいよ、ヘビー級を待つばかり。
トーナメントを勝ち抜いたのは、日本人同士の敬吾とキラである。
どちらが勝とうと、日本人が優勝するのだ。
国内では、空前の格闘技ブームに湧いているのは言うまでもない。
その人気は凄まじく、5万1000席のチケットも発売と同時に完売。
オークションでは、アリーナ席が数百万円で取り引きされたとニュースにもなった。
テレビ中継は世界120ヵ国以上で生中継され、オリンピックさながらのスペシャルイベントと化している。
レフェリーが試合ルールの確認をする傍ら、対戦相手のキラは忙しなく眉を寄せ、舐めるように敬吾をにらむ。
しかも、小声で何やら言っているようだ。
「……今日こそぶっ殺す……」
聞き取れたのは、その部分だけだが、敬吾を怒らせるには十分である。
稚拙な言動のキラに、我慢の限界も近かった。
この瞬間にも、つけられた傷の礼をしてやりたい衝動にかられる。
こめかみにある傷は、敬吾にライトニング・ケイという新しい異名を与えたが、本人としては好きになれない傷であった。
怒れば怒るほど、傷跡がズキズキと疼き、今にも発狂しそうである。
しかし数々の試合をこなしてきた、ベテラン選手の敬吾だ――
――会長が尽力してくれた、貴重な試合。恥ずかしい行いだけはできん。
そう自分に言い聞かせ、すぐに冷静さを取り戻す。
会長はこのトーナメント開催前に他界していたが、遺言で「敬吾にこの舞台を与えてやってくれ」と世界中の団体責任者あてにメッセージを送ったのだ。
格闘技界に影響力を及ぼす大物の遺言が、このトーナメント実現に貢献したことは間違いないであろう。
しかし実のところ、敬吾が多くのチャンピオンベルトを手にしたことで、個として団体の人気が薄れたという裏事情も大きかったのだ。
レフェリーのルール確認が終わろうとしている。
「Do you understand?」(理解したか?)
レフェリーが、2人に問いかけた。
両選手ともに
「イエス」
と言い放ったその瞬間――
突然、キラの右肩が、不自然に上がった。
そこから右こぶしを振り上げると、敬吾にストレートパンチを放ってくる。
格闘技史上、稀にみる珍事であった!?
敬吾は戸惑っている。
試合前のはずなのに、相手が全力のパンチを放ってくるのだ。
自分が開始のゴングを聞き洩らしたか、とも疑っている。
強烈なパンチは空を切り、「ブウォォォン」と、もの凄い風切り音を響かせた。
その後も、不自然な体勢から、右だけで連打を繰り出してくる。
とっさの事態に、敬吾もかわし切れず、反射的にパンチを打ち返してしまった。
場内がざわめき、レフェリーが止めに入る。
セコンドや関係者達も、血相を変えてリングに入場してきた。
そして、セコンドの1人が2人に割り入ろうと、その体に触れる。
――と、その瞬間だった。
球場の巨大ライトのように強烈な閃光が立ち昇り、3人を包みこんでしまったのである。
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次回からは、異世界です!
たいへんお待たせいたしました
お読み頂き、ありがとうございます。
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