第5話 俺が開いたのは食堂であって暗黒ギルドとか立ち上げていない
「適当にテーブルと椅子ならべて……と。ほい、お店完成」
翌日午前9時過ぎ。
激務だった暗黒騎士を辞めた俺は、しばらくのんびり暮らしたいと食堂をやることにした。
転移特典でもらったっぽいユニークスキル『食堂』は大変便利で、材料さえ揃えればスキル画面ワンタッチで即時に完成品が出てくる。
それは食堂経営に関わる物ならなんでも、テーブルだろうが椅子だろうが、パスタだろうがもう一瞬。
ユニークスキルで作り出したおしゃれなアンティーク調のテーブルをガランとした店内にランダム設置。
冷蔵庫やコンロは一応スキルで作って調理場スペースに置いてみたが、たぶんあまり使わないだろうな。
料理とかスキルで瞬時に出来上がるし、食材系は俺の許容量無制限で入れた瞬間の状態維持アイテムボックスに大量に入っている。
まぁ調理器具はあるとお店っぽいし、雰囲気は大事。
ちなみにこの異世界に電気は無い。しかし電力の代わりに魔力の込められた『魔晶石』で動く家電は存在する。
ものすごい高価だけど、俺はそれをスキル『食堂』で作り出すことが出来る。
「メニューとか作っていないけど……まぁいいか。大体なんでもスキルで作れるし。はい開店開店~」
現時刻は午前9時39分。とんでもなく中途半端な時間だが、いいんだよ店主は俺なんだし。全て俺の気分次第の時間でやるんだ、うん、スローライフってのはこうでないと。
「……え、ちょ、オープン!? え? うそでしょ」
「いらっしゃーい」
午前10時ちょっと前、大きめのキャスケット帽をかぶった女性がお店の入り口にかけられた俺手書きの『OPEN』の看板を目が飛び出る勢いで何度も見て驚いている。
「……うわっ……昨日のままじゃない……え、これお店なの?」
お店に入り、中を見渡した女性の顔が面白いぐらい青ざめていく。はは、いつも無表情フェイスのくせに今日は表情がころころ変わって漫画のキャラみたいだな、あいつ。
記念すべきお客さん第一号はユーベルか。よし、色々サービスしてやろう。
「お客第一号おめでとうござーい。なにか一品無料でお作りしますよー」
カウンターから笑顔で手を振ると、キっと怒った目になったユーベルが俺をロックオン。ツカツカと歩いてきて、鬼か悪魔しか出せないようなオーラを放ち睨んでくる。こ、怖……
「……ちょっとエイリット、どういうことですかこれは」
え、なんでいきなり怒りMAX状態なのこの人……。
「ど、どうって……今日から食堂やるって言ったはずだけど……」
「……それは聞きましたが、今日からお店開店に向けて準備を開始するという意味ではなかったのですか。どうして昨日の今日でいきなりお店が開店しているのですか」
あれ、ユーベル、いつもとは違う化粧をしているな。なんというか色っぽい。服装も騎士のときとは違い、ヒラヒラのスカートに結構大きめに胸元が開いたキャミソール。
まるでデートにでも行くような感じでとても可愛い。
「…………昨日は邪魔が入りましたが今日からは二人きりでお店の準備が出来ると思っていたのにこれじゃせっかく手にした二人の時間が意味ないじゃないですかあの二枚舌女が動く前に一歩も二歩もリードしておかないと……」
くるっと後ろを向いたユーベルが小声でブツブツ言い出した。
え、なんて? 声小さくて早口だから聞きとれないって。
「……いいですかエイリット、まずお店の看板がない、何のお店か分からない、そして中に入ったときの印象が最悪です。空き店舗を掃除だけして椅子とテーブル置きました感がすごいんですよ。装飾も間接照明も何もない……せめて植物を置いたり花を各所に配置して色を付け、お店に入った人のワクワク感と高揚感を煽りお財布の紐が緩むような仕掛けをしないとだめです」
ユーベルがドアにかけられた俺手書きの『OPEN』の薄い板をパンパン叩き、入り口に立ちそこから見える印象を激しく語る。
「……こんな改装途中の雑店舗になんか誰も入ってこないので、早く二人でお出かけしておしゃれインテリアを買いに……」
「エイリットさーん! 聞きましたよ、暗黒騎士辞めたって。じゃあフリーってことっすよね、しばらく俺らと暗黒パーティー組んで荒稼ぎしないっすか? 分け前はエイリットさん8、俺ら2でいいっす!」
「お、いたいたエイリット! あれでしょ、こんな弱小国家の騎士やってたんじゃ満足出来なくて、ここで強い仲間募って国外に手をのばすんでしょ? いいよ、私ギルド抜けてきたからエイリットの暗黒ギルドに入ってあげる! ん? 何この可愛い子、ちょっと~さっっそく浮気~?」
「うお、マジで暗黒騎士エイリットさんだ。なにか緊急で強い人を集めているとか、なら槍使いとして名の知れた俺を使ってくださ……」
「噂のエイリット暗黒道場ってここですか? 僕昨日から冒険者を始めたのですが、ぜひ英雄であるエイリットさんのご指導を受けたく……」
カバンから『夫婦で始めるおしゃれ喫茶経営』と書かれた本を取り出し語るユーベルの後ろからワッっと人が押し寄せ、結構広めの店内が大混雑状態に。
国内で有名とされる基準レベル25超えを五人抱える高レベル冒険者パーティーに、国内超大手ギルドのエース、レベル15~20の冒険者数百人を従えるギルドリーダー、冒険者を夢見る青年たちが俺のもとに集まり同時に喋りだす。
落ち着けお前ら、なんだよ暗黒パーティーに暗黒ギルドに暗黒道場って……。
俺は豊聡耳持ちの聖徳太子じゃねぇんだから、何十人もの声を同時に聞き分けられねぇっての。
そうか、国所属の騎士辞めてフリーになったから、元の冒険者としての俺を誘いに来たってことか。
にしても国内トップレベル勢揃いじゃねぇか。
最初に話しかけてきた、堅牢な守りで有名なアドラルズ兄妹率いる高レベルパーティー『炎狼の二枚盾』。彼らは多分俺がいなければ、このラムレグルス王国でトップのモンスター撃破数を誇る英雄になれたんだろう。
兄であるホスロウ=アドラルズがレベル32で、国内では一番高かったはず。
レベル30超えってのは、世界的に名の通った冒険者ってことになる。そしてこのレベル以降、必要経験値が極端に増え、ほとんどレベルが上がらない。下手したら年単位でやっと一個上げられるか、ってぐらい。それなのにホスロウは25才でレベル32って相当なものだ。
ま、俺は16才時点でレベル100だったんだけどね。
そしてあれだ、誰一人『注文』をしてこない。
なぁみんな、俺は暗黒パーティーを募集なんてしていないし暗黒ギルドを立ち上げてもいないし強者を集めてもいないし暗黒道場も開いていない。
高レベルの奴ら、お前ら金持っているんだろ、高級ワインとか頼んでくれないですかね……ここ『食堂』なんすよ。
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