第6話 集まる冒険者と重鎧サンドでトマト汁


「一角凶牛のステーキお待ちー、ほいこっちは雷鳴鹿のシチューね」



 俺が国所属の暗黒騎士を辞めた翌日、その噂を聞きつけた高レベル冒険者が集結、結構広めの食堂ホールが人で埋め尽くされる事態に。


 とりあえずここは食堂だと知らしめるためにユニークスキルで料理を作成。


 宣伝も兼ねるから一人一品ぐらいは無料でもいいや。



「B級モンスター『一角凶牛イドシューティア』のステーキにA級モンスター『雷鳴鹿ディアトール』のシチューって……さすがっすエイリットさん! レベル25超え冒険者が三桁人数集まってやっと動きを止められるかってクラスの食材がこんな気軽に……そしてうめぇっす!」


 国内トップレベルを誇るアドラルズ兄妹率いる『炎狼の二枚盾』のリーダー、ホスロウが肉汁滴る分厚いステーキにかぶりつき吼える。


「エイリット君はやっぱりすごいな、幻の食材がポンポン出てくる。この鹿のシチュー、そのへんの鹿と違って旨味がすごーい! まさか雷鳴鹿を食べられる日が来るとは思わなかったなぁ。はい、これ」


 兄妹の妹、ディアージュが上品にシチューを頬張り俺に紙を渡してくる。


 なんだ?


「私たちの泊まっている宿と私の部屋番号。エイリット君はそこの騎士崩れの女じゃなくて、私と一緒になるのがいいと思うな」


 ディアージュが色っぽくウインクをし、俺の後ろで苦い顔をしているユーベルを威嚇する。


 オホー、年上の女性からのお誘いとか断るわけが……


「……騎士崩れではなく、私はエイリットに誘われてここにいるんです。誘われてもいないかたは引っ込んでいて欲しいですね」


 ついに俺にも生まれて初めての彼女が……と期待と欲を膨らませていたら、ユーベルに手首を締め上げられ、エロい番号が書かれていた紙を抜き取られ粉になる勢いで千切られ床に散布される。


 ちょ……俺の童貞卒業確定番号をそんな粉にしなくても、つかよく手でそこまで細かく千切れるな。もしかしてユニークスキルか?


「ふーん……いいわ、それがあなたの答えね。後悔するわよ」


 なんとか床に散らばった粉をかき集めエロい番号を読み取ろうとしていたら、ディアージュとユーベルがすっげぇ睨み合い。


 なんだよ、お前ら仲悪いのか。美人さん同士なんだし、仲良くすればいいのに。



 あと俺は一人で勝手に騎士辞めたのであって、ユーベルは誘っていない。なんでかついてきたけど。



「シチューシチューステーキっと、お、リカルテか。お前相変わらず猫っぽいなぁ」


 集まった連中に次々と料理を作り出し振る舞う。


 どうだ、これでここが食堂だって分かっただろ。


「猫~? かわいいってこと? つかも~なんなの、これ冒険者が集う冒険者センターより国内の有名どころ集まってるじゃん。さすがだね、エイリットは」


 長めの棒の先に重そうな棘付きハンマーを付けた武器を2本持った、ちょっと小柄な女性、リカルテがニコニコと笑い俺の周囲を回る。


 なんというか、顔と動きが猫っぽいんだよな、こいつ。


「まさかあの『炎狼の二枚盾パーティー』も来ているとはな~。やっぱエイリットってば国内のトップランカー集めてデッカいことやろうとしているんでしょ! いいねいいね、すっごい面白そう! うは、この肉うま!」


 もっしもしとステーキを食いちぎり俺の背中をバンバン叩いてくるリカルテ。


 面白いこと? 別に食堂以外何もしねぇよ。


「エイリットが騎士辞めたって聞いて、私すぐに今所属しているギルド辞めてきたよ~。正直今のギルド、デッカくなりすぎて派閥争い的なのがウッッざくてさ~。私は楽しいこと、面白いことがしたいだけ。エイリットのすることっていっつも面白くてさ、ずっっとパーティーに入りたいって思ってたんだ」


 リカルテはこのラムレグルス王国に数多くあるギルドの中でもトップの在籍人数を誇る超巨大ギルド『シェルウォーク』に所属している。確か数万人規模だったはず。


「ギルマスのフォルマさんが魔法使いでさ~私は近接武器スタイルだからあんまり肌合わなくて~」


 多くいるギルドメンバーの中でも戦力が突き抜けているメンバーを『エース』と称し特別扱いしているそうだ。


 規模が巨大なためギルド内でグループを作り、レベルと実力順で『シェルウォークⅠ』『シェルウォークⅡ』『シェルウォークⅢ』……と分けたとか。一軍二軍三軍みたいなものか。


 リカルテはその『シェルウォークⅠ』の『エース』で、数万規模のギルドのトップグループに所属している。俺でも知っているぐらい、今まで多くのモンスター撃破数を積み重ねた実力派。


「やれ俺は誰々派閥だとか私はアイツを蹴落としてシェルウォークⅠに上がるんだとかさ~……ギルド内は毎日そういう話ばっかりで窮屈でつっっまんなくてさ……」


 まぁ、人が増えすぎると必ずそういう派閥問題は起こるよな。


「そしたらタイミングよくエイリットが騎士辞めて人を集めてるって聞いて、もうすぐに飛びついちゃった! これは絶対エイリットが私のために動いてくれたんだ~っって!」


 いや、俺は別にリカルテの面白のために騎士辞めたわけじゃあないぞ。


 俺のスローライフのために俺が行動しただけだ。


 そして人集めなんかしていない。




「それで、名前はなんていうの?」


 さてお次の方にシチューとステーキを配ろうとしたら、リカルテが笑顔でむんずと俺の尻をつかんできた。


 ちょ、なんで尻つかむの、この子。


「名前? 俺は騎士辞めようがエイリットを名乗るけど」


「ちっっがーう。ギ・ル・ド・名。そしてここがエイリットが立ち上げる予定のギルドの食堂なんでしょ?」


 俺が立ち上げる予定のギルド?


「おお、なるほど! ここがエイリットさんが立ち上げるギルドの食堂ってことっすか! じゃあ所属決定の俺らは毎日来ますよ!」


 俺が配ろうとしたステーキの皿を受け取った重鎧の男性、『炎狼の二枚盾』のリーダーホスロウが楽しそうに吼える。


「え、所属決まったのホスロウ兄さん! やった、これでエイリット君と一緒にいられる!」


 ユーベルと睨み合っていた妹のディアージュがダッシュで駆け寄ってきてリカルテを押しのけ、重鎧装備のまま俺に抱きついてくる。


 ごぁああ……! 多分、絵面的には美しい女性に抱きつかれている俺、で傍から見たら羨ましい構図になっているんだろうが、抱きつかれているその本人の声を聞かせてやろうか。


 ──鎧がクッッッソ硬ぇし突起部分が腰に刺さってマジ痛ぇぇ! 


 さすが数々のモンスターの攻撃を跳ね返してきた、レベル30重鎧盾タンク様の装備……!


 せめてこの鎧脱いで、ほぼ半裸で抱きつかれるならそりゃあ全身で女性の柔みを堪能出来て嬉しいが、重鎧のまま抱きつかれるとかほぼアイアンメイデンで拷問。



「おお、じゃあ俺も喜びの包容をいくっす……!」


 真後ろからホスロウの不吉な声が聞こえ、重鎧独特の金属軋み音が急速に俺に迫る。


 や、やめろ……それだけはやめろ……ここで後ろからホスロウに抱きつかれたら、『重鎧・俺・重鎧』のミックスサンドになるだろ……!


 俺は元々16歳の運動不足少年で、具としての俺の耐久値ってそんな高くないのよ? 


 知っているか紳士諸君、サンドイッチって握りつぶしたら中身のトマトの赤い汁が出るって。


 

 分かったぞ、これってこいつらの必殺技で、今までこの『重鎧サンドでトマト汁』アタックで数多くのモンスターを屠ってきたんだろう。


 ──いや待て、俺のレベルは100。レベル32と30の彼らの攻撃なんて大したことないのでは。


 ──いや待て、過去にユーベルのお胸様等に偶然触れてしまったときの激烈ビンタは超痛かった。


 ってことは、いくらレベル差があろうと、痛いものは痛い、と。


 だめだこれ、確実に俺の汁が飛び出るルートだ。



 ──刹那、とても重く、少しひんやりとする硬い物が背後から押し当てられ、俺の脳内には新鮮なトマトが弾け飛び散るイメージ映像が流れる。




 しばらくサンドイッチは見たくもない。






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