第4話 お姫様の手のひらで踊る人形、俺


「……何をしに来たのですかアイナ……」


「何って、エイリットが面白いことやるっていうから仲間に入れてもらおうと思ったんだけど?」



 5年間無休で上位クラスモンスターを倒し続け俺の精神はすでに疲労で限界。


 国の発展と国民の安全の妨げとなっていた主なモンスターはあらかた倒しきり、タイミングもいいだろうと俺は暗黒騎士を辞めた。



 暗黒騎士っても悪いやつじゃあないよ。単に当時16才の俺が厨二病をこじらせ、格好いいものとして憧れて、こっちの世界に来てそう名乗っただけ。ガワだけのコスプレ。


 21才になった今現在の俺はもう大人。そんな厨二めいた役職名を名乗ることは二度とない。


 なぜならさっきその『暗黒騎士』を辞めてきたからだ。


 まさに俺の黒歴史……ああ……5年間もその名を背負うとか考えてもいなかったのか当時の俺。20才超えて暗黒騎士と呼ばれるのは超恥ずかしかった。


 別にその国にそういう伝統の騎士が昔からいて、その想いを受け継いだ人が誇りを胸に名乗るのなら問題はないが、俺の暗黒騎士はそんな伝統無いのに勝手に作って王様に渋々認めてもらっただけのやつだしな。



 まぁもう辞めたわけだし……騎士時代休みはなかったが、お金だけは高額報酬を得ていた。

 

 引退後はそれをブッ込み食堂を開業してスローライフを堪能しようと思っていたのだが……




「……エイリットのやることなんていつも面白くないですよ」


「えー? じゃあなんでユーベルはいっつもエイリットの側を離れないの?」


 俺のユニークスキル『食堂』で作った海老とキノコのトマトパスタは大変美味しい……が、なんだろうこの騒がしいバックグラウンドミュージックは。


「……それはお仕事だからで……」


「ええー? ユーベルって性格的に合わない人とかだったら、お仕事だって平気で蹴ってたでしょ。それに今はエイリットは騎士辞めて、あなただって騎士辞めたんでしょ? 一緒にいる理由って何? もうお仕事じゃないよ?」


 ユーベルとこの突然現れたロウアイナ姫様は、子供の頃からの幼馴染で仲良しだとか。


 で、その仲良しがなんで急に揉めだしたんだ。


「……か、監視です。暗黒騎士エイリットが成した偉業はこの国の歴史に残るほどで、それほどの人物が今後の行動で犯罪などのマイナスな行動を取らないように……」


「だからお仕事じゃないのになんで監視なんてしてるのー? なになにー、個人でやろうっての? それってエイリットにプライベートで興味ありありーってことでしょ? ねーねーそれって私欲で欲情だよね? というかなんでユーベルまで騎士辞めてるのさ! 約束したじゃん一緒にこのラムレグルス王国が世界に誇れる国になるよう頑張ろうってさー!」


 え、ユーベルって個人で俺の監視に来てるの? 


 約束? はてなんの話だろうか。


 そうか……俺の偉業って歴史に残っちゃうのか……そこにはやっぱりこう書いてあるんですかね『暗黒騎士エイリット』って……くそ……16才のいっときの思いつきの行動が、未来永劫俺を苦しめるのか。


 よし、頃合いを見てそういう歴史書、全部燃やそう。


 


「……べ、別にエイリットに興味があるとかじゃないですよ! たまたま辞めるタイミングが合っただけでそれ以外に他意なんてないです! そしてアイナとの約束を忘れたことなんて一度もないです。でもそれを果たすのに騎士である必要はないですし、別の立場からのアプローチだって有効だと思っただけです!」


「タイミングが合ったー? どう見てもエイリット追っかけて辞めたよねー」


 えーと、二人は仲良し大親友なんだよな?


 さすがに止めるか……。



「さぁさぁご覧あれ、エイリット=シラセ自慢のユニークスキル『食堂』で作りだしたるは、イチゴとオレンジが乗ったチョコレートパフェ。美しいお二人にふさわしい輝きを放つ高貴なデザートでございます、どうぞ召し上がれ」


 俺は踊るような大げさな動作でユニークスキル食堂を発動。


 以前港街で珍しく新鮮なイチゴとオレンジが高額ではあるが売っていたので、それを使いパフェを作成。この国ではパフェなどのデザートは贅沢品で、値段も高く滅多に食べられるものではない。


 理由としては、国内で作れない食材とかは他国からの輸入に頼るしかないのだが、その陸路、海路にことごとく凶悪なモンスターが住み着いていたのでほとんど入荷出来ない現状だった。


 まぁ俺がこの5年間でそういうところにいたモンスターは倒したから、これからは安定して食材とかが入ってくるんじゃないかね。



「……こ、これは……!」


「うん、さすがエイリット! いつも期待以上の成果を出してくれる! 私たちの希望の光!」


 なんだか取っ組み合い寸前の雰囲気なお嬢様方の前にキラキラ光るデザートを設置。これに目を奪われない女子はいないだろ。


 二人が勢いよくパフェを食べ笑う。


「どうだ、美味いだろ」


「……くっ……こんな回避不能の攻撃……イチゴ……美味しい……」


「うまいうまーい! エイリットは心も体もお腹も満たしてくれて、私たちの夢も叶えてくれる最高の男だー!」


 よほど美味かったのかユーベルがちょっと色っぽく声を漏らし、お姫様が子供のように手足をバタつかせ美味しさを表現している。


 なんというか、人間て美味しいもの食べたときの反応で性格が分かるよなぁ。


 


「それでー、これは一体どういうことなの? エイリットが騎士を辞めるって聞いて、ワクワクしながら待っていてもだーれも来ないし。ユーベルだけ誘って私を誘わないとか意味分かんない」


 大興奮状態だった二人が少し落ち着いたみたいなので、ユニークスキル食堂で豪華なソファーを作り出しそこにお姫様に座ってもらった。


 足を組みかなり不満そうな表情でアイナ姫が俺を見てくる。



「あ、その、今まで大変良くしていただいたアイナ様に何の相談もなく騎士を辞めてしまったのは弁解のしようもない私の独断、ワガママでして……。あとユーベルは誘っていないです。誰にも迷惑かけないように、しばらく一人でのんびり暮らしたいな、と思いまして……」


 アイナ姫は当時どこの誰かも分からない、剣だけしか能のない16才の俺を信じ、自らが保証人になり騎士に招いてくれた恩人。そのアイナ様になんの相談も説明もなく辞めてしまった。


 やばいな、冷静に考えたら俺、王族であられるアイナ姫の顔に思いっきり泥を塗る行動をしている。


 さすがのアイナ姫もご立腹のようだし……もしかして牢獄行きか……?


「プッフーーッ! ほら見なさいユーベル、エイリットはあなたなんか誘っていないって。言質取れましたー、ププ、完全な押しかけ女房じゃない、だっさ……だっさーい!」


 夢見ていたスローライフの終焉か、と思って顔を青くしていたらアイナ姫が大爆笑でユーベルを指差す。


 あれ? 怒っているかと思ったら急に爆笑し始めたんだが。


「……エ、エイリットは私を指して今後のパートナーと言ってくれました。それにアイナだって誘われてもいないのに押しかけて来ているではないですか……!」


 ユーベルが軽く俺を睨んでからアイナ姫へと反論する。


 今後のパートナー? いや俺が言ったのは、今後のスローライフをやるにあたりお世話になるこのお店を指して「よろしくな、相棒」と言ったのであって、いきなり背後にいたユーベルには言っていない……。いや、来てくれて嬉しかったけども。


「私は違うよー。エイリットはしっかりこの場所の準備が出来てから、私にふさわしい部屋を用意してから誘うつもりだったの。エイリットは私のことが大好きっぽいし、完璧な状況を作ってから新天地に私をさらう計画だったのよ。今はちょっと様子を見に来ただけ。私の好みもあるからさ、先に言っておこうと思ってフライング気味に来ただけ」


 え? 俺ってお姫様をさらうつもりだったの? それやったらそれこそ牢獄行きじゃないすか。


 つかさっきから俺がアイナ様を大好きって何の話? 


 拾ってもらった恩もあるし、お世話になっているし、そりゃあどっちかと言ったら好きな人の部類に入るけど。大変お綺麗な女性だし……。


「……なんという思い込みの激しさ……子供のころから何も変わらない……あなたいつか大きな失敗をしますよ」


「えー? 全然大丈夫。だって私の側にはエイリットがずっといてくれるから」


 あれおかしいな、デザート作戦で一旦仕切り直したはずなのに、また二人が険悪な雰囲気になっている。


 なんにせよ俺の行動が起因のトラブルだ、しっかり説明をせねば。



「アイナ様、こんな素性もわからなかった私に良くしていただき、ありがとうございました。この御恩をお返ししようとしても、私が一生をかけても返せないかもしれません。私の勝手な都合なのですが、体のほうが悲鳴を上げまして、この先も長くアイナ様をお守りするために少し休養が欲しいと独断で行動をしてしまいました。大変なわがままですが、このエイリットに少しのお時間という慈悲をお与えください」


「ほら聞いたユーベルー? エイリットは一生私を守るって! なら仕方ないよねー、私って夫のわがままを許せるいい女だからさー」


「……はぁ……私疲れてきました」


 俺が結構真面目に慈悲を乞うも、お姫様には長く喋ったセリフの一部をピックアップした単語しか伝わっていない模様。




「──さて、エイリット。今までお疲れ様」


 アイナ姫が一呼吸置いたと思ったら、穏やかな笑みを浮かべ姿勢を正し、小物の俺では出せない王族のオーラを放つ。


 やばい、アイナ様の本気モードきた……敬礼、敬礼をせねば……!



「あなたに頼るしか道がなかったとはいえ1854日も休みも与えず無理をさせてしまったことをここにお詫びします。

 あなたが汗を流し、ときに命をかけ血を流した日々の弛まぬ努力が多くの国民の命を守り、笑顔を咲かせたのだと誇りを持ってください。

 父は騎士を辞めさせないと言っていますが、少し急だったので驚いているのです。それだけ王がエイリットを認めている証拠。


 残念ながらあなたは騎士を辞めてしまいましたが、国を離れずお城のすぐ側に拠点を置き活動するとのこと。私はそれがとても嬉しかった。


 どうしてものときはまたエイリットのお力を借りるかもしれません……本来なら王族が先頭に立ち国民を守るべきなのですが、私にはその力は宿りませんでした。


 でもエイリット、あなたは私たちに代わり剣を振るい国民を守ってくれました。ありがとう。

 この国の発展の妨げとなっていた主だったモンスターは討伐されました。これからは王族である私たちが国を発展させていく役目を果たします。


 エイリット=シラセ、あなたに任務を与えます。しばらく全力で休み、失ってしまった英気を蓄えなさい。そしてもし許されるのなら、また暗黒騎士として復帰し、このロウアイナ=ラムレグルスの剣となってください」



 真っ直ぐ、とても強い、吸い込まれるような瞳で俺を見てくるアイナ姫。


 で、出た……さっきまでの軽い雰囲気とは一変、アイナ姫様は本気をだすと、その圧倒的なオーラと言動で周囲の人を支配出来てしまうんだよな……。まさに王族、人の上に立つ器。


 

「は、はい……! エイリット=シラセ、必ずやアイナ姫の剣となり再び暗黒騎士として立ち上がることを誓い……」


「はい言質取れたー。やっぱりエイリットは揺らぐことなく私の物だね。あんしーん。じゃ、食堂? 頑張ってね、またちょいちょい来るからー」



 舌をペロっと出したアイナ姫がニッコリ笑い、俺の頭をポンポン叩きお城へ帰っていった。



「…………あ、あれ?」


「……はぁ、エイリット、あなた完全にアイナの手のひらで踊る人形でしたよ。騎士に戻ることを約束させられました。口約束ですが、やられましたね。今は自由にやっていいけど、いつか必ず戻ると約束させる……多分この目的のためだけに来ましたね……ったくあの二枚舌女……」


 あ、あれれ、えーと「エイリット=シラセ、必ずやアイナ姫の剣となり暗黒騎士として再び立ち上がることを誓い……」あ、言ってるね俺。復帰するって。


 しかも暗黒騎士として戻るとか言っちゃってるじゃん、俺。




 やられた。


 ……圧倒的王族オーラの前じゃ従う言葉しか出てこないって……。



 あのお姫様、わがまま自由奔放に見えてとんでもねぇ策士だわ……。







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