みんなで行こうよ

 

「さっきは置いていってごめん」


 夏との会話を終えた僕は、席に座る凪さんに謝った。


 凪さんは一瞬泣きそうな顔をしたけど、すぐにカラッとした笑い声をあげた。


「全然、全然。そんなことより日和が無事でよかった、よかった」


「そう? それならいいんだけど……」


 気にしていないのなら、泣きそうな顔になったのはどうして? あの笑顔の意味は何?


 尋ねたくても、もう目線はスマートフォンに行っている。あまり、近づいてきて欲しくない、そんな雰囲気がある。


 今の状況と、廊下で歩いていた時のことを考えると、避けられているように感じる。


 何か悪いことでもしたのだろうか。


 そう思えど、理由はわからず、僕はどうすることもできないまま自分の席についた。


 それからの午後の授業は憂鬱だった。


 生暖かくて粘っちい空気がまとわりついてくるような感じ、しけってじめっとした気持ちの悪い気分が続いたまま、最後の授業を迎えた。


 凪さんと夏の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。どこか寂しくて、物悲しい笑顔。思い出しては息苦しくなる。あの笑顔に込められた感情は何なのだろう。


 何を思って彼女らがあの笑顔を浮かべたのかはわからないが、僕が引き出したことだけはわかる。


 どうして僕は夏と凪さんにあんな笑顔をさせたのか。何が悪かったのか。何をどうすればよかったのか。どうして何もわからないのか。


 先生の声も、窓の外から聞こえる鳥の声も、ガラスを叩く風の音も、全てが煩い。自分への苛立ちで、フラストレーションが溜まっているのを感じる。


 ああ、くそ。わからないなら、わからないなりに考えろ。


 僕は、何か手がかりがないか、と凪さんを見る。いつもと変わらない、わけではなかった。アーモンド型の綺麗な瞳は黒板に向けられているが、焦点があっていないように思える。座る姿も、ゆらゆらとしているように見えて、どこか危うい。


 心配で仕方なくなってきた。だけど、どう触れれば、何をすればいいのかわからなくて、また苛立ちが募る。


「忘れ物をしたから取ってくる。その間、くれぐれも騒がしくするなよ」


 先生はそう言い残して教室を去った。忠告は意味をなさず、話始める人の声でクラス内は騒々しくなる。


「ねえさ、日和」


 凪さんから視線を外して、声の方に目を向けると、夏が後ろ向きに椅子に座っていた。


「ど、どうした?」


 答えの出ないまま、夏に声をかけられたことに動揺してしまう。


「何、慌ててんの? もしかして私の可愛さにドキッとしちゃった?」


 いつもと変わらない夏の言葉。だけど……なんだか距離を感じる。


 どうしてかムキになり、僕は無理やりふざける。


「ドキッとした。2、3回恋に落ちた」


「嘘つきー。それでさぁ、さっきの時間に調べてたんだけど……」


 夏は乗ってこず、軽く流してきた。


 選び抜いた写真のような笑顔。状況にぴったし合う仕草。不自然さがまったくない不自然な声。


 この感じ、何度も見てきた。夏が僕以外と話す時と同じだ。


「お〜い、日和。聞いてる?」


「ごめん。もっかいお願い」


「もぅ、しょうがないなぁ。今度新しいお店が出来るから、で行こうよ」


 ああ、そういうことか。


「なあ、夏」


「ん? あ……」


 何かに気づいたように夏は短く声を出した。


「先生がもう来ちゃう。日和、この話はまた今度で」


「おい夏」


 呼び掛けても夏は振り返らない。


 仕方がないのでスマートフォンのアプリを開き、トークを作ってそこにメッセージを送った。


 ドアが開く音が鳴って、先生が帰って来たのか、と目を向ける。だがそこに先生の姿はなく、凪さんの後ろ姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る