っていうか、好き好きアピールって何?

 

 体育の時間が終わった昼休み。女子は更衣室で、男子は教室で着替えている。


 僕はボディーペーパーで汗を拭き取り、制汗剤をつけたあと、手早く制服に着替えた。


 いつもなら、購買でおにぎりかサンドウィッチを買ってくるのだが、席から動かずに頭を悩ませる。


 好き好きアピールって何すればいいんだ? っていうか、好き好きアピールって何? めちゃくちゃ頭悪そうな単語だ。


 ああ、夏のことが好き、とでも呟こうか。いや、変質者でしかない。夏のことが好きなんだよね、と誰かに話しかけようか。いや、変質者でしかない。夏の絵だったり、相合傘でも黒板に描こうか。いや、変質者でしかない。


 思いついては、否定するを繰り返す。好き好きアピールとかいうふざけたことを、何真面目考えているのだろう。何だか馬鹿らしくなってきた。


 だけど、凪さんに負い目を感じさせたくはない。だったらこんな巫山戯たことでも、やり遂げねばならない。


「なあ、宮くん」


 声をかけられて首を横に向ける。長い睫毛に、お洒落なマッシュヘアー。制服を着崩した彼は、軽音部の山下くんだ。


「ああ、山下くんじゃん。どした? 僕に何か用?」


 少しテンションが上がる。僕は彼のことが好きなのだ。


 好き、と言っても、もちろん性的ではない。人間的に好きなのだ。バリバリの陽キャにも関わらず、僕みたいな陰キャとも仲良くしてくれる、何かこうキラキラしているイケメンである。性格はいいかわるいかで白黒つけれないほど普通。夏に言わせると『すかしてるくせに、ねちこくて、いっちばん嫌いなタイプ』らしいが、僕はそこに人間味を感じて愛らしいと思う。


「実はさ、宮くんが、水原さんに告白するって聞いてきたんだよ。本気で告白するの?」


「ああ、うん。一応、その予定」


 一気にテンションが下がる。朝にその質問はされすぎて、またか、という気持ちが大きい。


「やっぱり、そうなんだ。ははは、仲が良い人が好きな人と付き合うって複雑なものがあるね」


 気持ちはわかる。山下くんが凪さんと付き合うと知れば、非常に複雑な気持ちになる。応援したいけれど、素直に応援できない、そんな気持ちだ。


 って、あれ? 好きな人?


「山下くん、もしかして、夏のことが好きなの?」


 尋ねると、山下くんは頷いた。


「気づかなかった? 正直言うと、宮くんと遊ぶのも、水原さんと接点ができるかなって気持ちが、少しだけあったんだよ」


「まじか。気づかなかった」


 本当に気づかなかった。僕は特別鈍いわけではないから、大抵の人が夏に好意をもっていたら気付く。それでもわからなかったのは、山下くんが巧かったからだ。実際に、少しだけ、と言っている。本当の中に少しの嘘を混ぜられると、流石にわからない。


「だろうね。水原さんを好きなことは、隠してきたから」


 山下くんは笑った。


「だからさ、宮くん。こんなことを頼むのは意地が悪いけれど、水原さんのことを諦めてくれないか? いや、告白の結果もまだなのに頼むのも変だけど、水原さんと一番仲がいい宮くんならもしかして付き合ってしまうかもしれないから」


 笑いながら、よおそんなこと言えるわ、と思いながらも、山下くんの願いを聞き入れるかどうか悩む。


 僕がするのはあくまで告白のふり。その後にするのは恋人のふり。そしてそれは、夏のことを本当に好きな人を騙して、失恋させる行為だ。


 失恋のショックはよくわかっている。凪さんに断られた時の絶望感は、本当に死にたくなるくらい辛かった。


 宮くんのことを考えると、わかった諦める、と言って夏に、ごめんやっぱり恋人のふりはなしで、と謝るのがいい。


 だけど僕は、


「ごめん、夏のことが好きだから」


 そう言った。


 夏を好きな人は山下くん以外にも沢山いるのだ。告白されるたびに、夏が困って悲しむ姿を散々に見てきた。その夏がようやく、僕に助けを求めたんだと思っている。冗談めかして言っていたけれど、僕にはSOSに聞こえた、だから……なんて、高尚な思いなんかじゃないのかもしれない。ただ僕は山下くんより夏の方が仲がいいから、夏を優先するだけなのかもしれない。


「……」


 山下くんは、何も話さない。周りの声がやけに煩く聞こえる……と、思ったけど、本当にうるさかった。


 見回してみたら、いつのまにか僕と山下くんに視線が集まっている。みんな、面白そうなことやってる、とにやにやしていて、無性に恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと山下くん、人目があるから場所かえない?」


「宮君は僕より水原さんの好きなところを言えるかい?」


「大きな声でそんな恥ずかしいこと言うのやめときな? みんな見てるよ?」


「僕は君より言える自信がある! 今から言おうか!」


「いやいやいや! 止めとけって! 黒歴史になるぞ!」


「自分の想いが負けてるのが怖いからって、止めようとしたって無駄だよ」


「そ、そういうことじゃないって!」


「焦っているところを見るに、図星だね。いくよ、『り』りりしくて」


「そんなしりとりみたいな、あいうえお作文みたいなのはダメ!! 恥ずか死しちゃう!!」


「『て』天使のよう」


 あーもう、ダメだ。この馬鹿、自分の世界に入りやがった。恋は盲目とはよく言ったもの。視野がC罫くらい狭くなっている。


 僕は、もう宮くんの言っていることを聞き流す。恥ずかしいので出来るだけ他人のふりをしよう。


 ただ宮くんはそんな僕を許してくれなかった。


「はあ、はあ、はあ、じゃあ次は君の番だ。僕より言えなかったら諦めてくれ」


「うぇ!? 僕にやらせるの!?」


 辺りを見回す。みんなニヤニヤしながら、こちらを見ている。まじで? この空気の中で言ったら晒し者なんだけど。


 いやだ。そう言おうと思ったが、ふと閃く。


 これ、好き好きアピールに繋がるんじゃないか?


 ここで夏の好きなところを言えたら、周りは確実に僕が夏のことを好きだと理解するだろう。それに話題にもなる。凪さんの耳にも届くはずだ。


 恥ずかしいのは恥ずかしいが、僕にとっては凪さんの方が大切だ。この機会を利用させてもらうことにする。


「わかったよ。夏の好きなところだよな……」


「ああ」


「……」


 ……出てこねえ。


 夏には沢山の魅力があるのはわかる。ただ、出てこない。幼馴染として見ているため、どうしても異性として何が魅力的なのかわからない。


「どうした、宮くん? 何も言えないのに、告白しようとしてたのか?」


 山下くんに急かされてしまう。早く何か言わないといけない。あーもう!


「夏とバカやるのが世界一楽しい! だから夏が大好きだ!」


 僕は幼馴染みとしての感情を声に出した。


 その時、入り口のドアから、ばこん、とぶつかったような音が鳴った。


 一瞬目を奪われるも、すぐに周囲に目を戻す。こんなんで良かったのか、探りたかったのだ。


「おお〜」


 みんなは、やるなぁ、とそんな声をだした後、ニヤニヤし始めた。反応を見る限り、僕が夏のことが好きだ、と誤解したようで、上手くいった、と確信する。だけど、居心地がわるすぎて後悔した。


「宮くんと夏さんの関係を持ち出されたら、そんなの……僕に入り込む余地なんてないじゃないか」


 山下くんは変に晴れやかになっていた。こんなことを思っては絶対にダメだが、ぶっちゃけるとキモい。


「負けたよ、宮くん。君と夏さんが上手くいくことを願ってるよ」


 そう言って山下くんは去っていった。


 ああ、なんとも後味がわるい。それに居心地もわるい。


 僕は誰かに絡まれるのを避けるため、机にうつぶせになった。

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