あたまいたー

 ぱしゅ


「んで。何でふいになったの? よい」


 ぱしゅ


「いや、それがさぁ」


 昼休み前のバドミントンの授業。体育館の隅で、僕は夏と短距離でラリーしていた。


「それが?」


 僕は膝を使って、シャトルをガットの上に滑らせるようにして止めた。


 周りを見渡して、僕らに注目している人がいないことを確認する。視線は集まっていない。最初は『あの二人がペアを組むのは今日で見納めかな』だとかで注目を浴びていた。だが授業も終盤になり自由時間となった今、皆んなは飽きたのか、それともこの時間を謳歌しているのか、とにもかくにも僕らへ視線を向けることをやめたようだった。


「まず最初に、凪さんが怒ってると思ったんだけど……」


 夏が体育館の壁に背をもたれて座った。僕は話しながら、同じように隣に座る。甘くて清涼感のある香りが漂ってきて、なぜかわからないが悔しくなり、少し距離をあける。


「怒ってると思った?」


「ああ。昨日告白してきたにも関わらず、翌日別の子に告白するんだ。クズ男に、ちょっとでも真剣に考えた時間を、ちょっとでも気遣った気力を返して欲しい。そう凪さんが怒ってると思ったんだ」


「まあ、わからんでもない……か? 私なら、興味ない男が別の子に切り替えてくれて良かった、と思うけど」


「最初は夏みたいに考えてくれてる、って思ってたんだけどさ、雰囲気的に怒ってるっぽくてさ」


 僕がそう言うと、夏は考え込むように首を捻った。


「何でそうなった? って聞きたいし、言いたいことは色々あるけど、まあ日和の話が終わってからにする」


 煮えきらない夏の言葉に疑問を抱くも、素直に言う通りにすることにした。


「じゃあ話させてもらうよ。僕は凪さんを怒らせてしまったわけだ」


「うん」


「で、怒らせたのならそれはそれでいいと思ったんだ」


 話が飛躍してはいるが、夏は正確に理解したようでうなずいた。


「なるほどねー。凪は結構気にするタイプだから、怒りでもしない限り、気にしちゃうかもしんないね。だから怒ったままでいい、と。でもさ、そっから無理に怒らせる必要なくない? 十分に怒ってるでしょ」


「それがさぁ、怒っていると思ったらつい謝っちゃって。そしたら凪さんが落ち込むそぶりを見せたから、僕が謝ったことで凪さんが負い目を感じたかもしれないと思って」


「はあはあはあ、なるほど。それで? あとさっきから、ややこいんで、出来るだけ簡潔におなしゃす」


 ややこい、と言われても仕方ない。実際、ややこいのだ。だけどまあ、簡潔にまとめる努力はしよう。


「負い目を感じさせてはならない、って思って、怒らせようと酷いことを言った。そしたら、凪さんが自虐したから、今までのこと全部嘘、凪さんは素敵な女性だし、引きずっているって言った」


「だる」


 夏の率直な感想に傷つく。


 だ、だるい。で、でもそうだよなあ。昨日告白してきた相手が、急に貶してきたと思えば、実は嘘と言われ、それでいて引きずっている、と告げられたのだ。正直、だるい奴を越して、やばい奴、と見られてもおかしくない。


「それで、そう言った日和に、凪は何て返したの?」


「好きな食べ物は何? って」


「は?」


「いやだから、好きな食べ物は何か聞かれた」


「何で?」


「わからない」


「あたまいたー」


 夏はかき氷をかっこんだ時みたいに、こめかみを指で押さえた。


 僕だって頭が痛い。何で凪さんは好きな食べ物なんか聞いてきたのだろうか。全くわからない。


「あーでもまあ、日和が何に悩んでるかはわかった。凪に引きずってるって言っちゃって、気に病んでないか、心配ってことっしょ?」


「うん、そういうこと」


 僕がそう言うと、夏はため息をついた。


「日和の元々の目的は何? 凪を傷つけないことと、諦めることでしょ?」


「そうだけど」


「だったらさぁ、結局私に告白するんだから、それで解決じゃん。引きずってて告白するなんてわけわかんないし、凪も『引きずってるー』なんて嘘だったって思うんじゃない?」


 夏の言葉は正しい。だけど、本当にそれだけで大丈夫だろうか。


「なーに、それだけじゃ不安? だったらさぁ……わ、わたしのこと好き好きアピールでもしてみたら?」


「何赤くなってんだよ。照れるくらいなら言わないほうが」


「うっさい、バカ! やるの!? やらないの!?」


 赤くなった夏に詰められる。冗談でからかってはみたが、夏の提案は案外いいかもしれない。


 今凪さんは、僕が凪さんのことを引きずっている、と思っている。だったら、それが嘘だと思えるくらいに、僕が夏のことを好きだというアピールをすればいい。そうすれば、凪さんに、僕がひきずっているなんて誤解だ、私を忘れて夏しか見ていない、と思わせることができ、負い目を感じさせずに済む。


「ありがとう夏。好き好きアピール、やってみるよ」

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